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あのキリンの背に乗って

夜明け前の商店街。

閉ざされたシャッターは、どれも錆びついて、ペンキが剥げ落ち、

今にも朽ち果てそうなものばかりだ。

長い長いその商店街を、右に行けばいいのか左に行くのか、

迷ったまま立ち尽くしていると、

ふいにキリンがあらわれた。


破れたアーケードに、くいっと長い首を突き出して、

たたっ、たたっ、と駆けてくるキリン。

黄色と焦げ茶色のまだら模様を、

夜明け前の薄闇にぼんやり溶かし、

たたっ、たたっ、と足音をたてて。


みつけた。


どうやらあたしが探していたのは、あのキリンだったらしい。

あのキリンをつかまえて、あの背中に乗らなければ、

あたしは永遠にたどり着けない。


そう思ったとたん、キリンは全速力で駆け出した。

茫然とするあたしの前を、風のように駆けぬけていく。

右に左に、川のようにうねうねと曲がりくねる商店街を、

迷いもなく、躊躇せず、長い首をまっすぐ立てて。

あとから追うあたしも、全速力で駆けていく。

駆けて、駆けて、駆け抜けて、商店街がつきる頃、

いよいよ夜が明けてきて、

このままでは間に合わないと知ったあたしは、

覚悟を決めて地面を蹴った。


ばんっと思いきり蹴った地面はやけに柔らかく、

まるでトランポリンか何かのようで、

その反動であたしはいとも簡単に、キリンの背中に乗ったのだった。


キリンの首は、暖かかった。

黄色と焦げ茶の短い毛は、思ったよりも固かった。

ぎゅっと抱きしめて、頬をよせると、

日向の猫のような匂いがした。


あたしの重さなどものともせず、キリンは駆けてゆくのだった。

商店街をあとにして、明けていく朝の中を、

たたっ、たたっ、と、どこまでも、

どこまでも。


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