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不自由を作ることで、自由が生まれる

シンガポールに家族旅行に行ってきた。

好きに移動もできないし、ネットも繋がらないし、不自由だったけど、ある意味でものすごく自由を感じた。

今はもう、スマホを使うことが生活の一部になっていて、スマホが発明される前、一体何を触っていたのかが思い出せない。

いや、別に何も触らなくても良かったのかもしれない。

そうやって行動を制限された結果、目の前にあるものと向き合わなくてはいけなくなる。

言葉にすると別に特別なことじゃない。

綺麗な景色をぼんやりと眺めたり、家族と会話をしたり、じっくりと食事に集中したり。

そんな些細なことをきっとスマホは奪っていて、そんな些細なことがきっと重要だったんだと思う。

不自由さによって、何だかものすごく創作意欲が湧いたのだ。

文字を書いてみればするすると止まらなくなったり、新しいアイデアが生まれたり、未来のことを考えたり、思考がクリアになった。

最近、サウナや瞑想が流行っているが、強制的にデジタルデトックスをする環境を作り出すことで、アイデアが降りてくるという話をうちの編集長がしていた。

これかー!と腑に落ちた。

悲しいことに、現代ではわざわざ自分でそういう機会を日常のなかに埋め込んでいかないとデジタルデトックスができない。

何でも疑問を解決できて、いつでも誰とでも繋がれるスマホは便利で楽しくて手放せない。

スマホのない生活なんて考えられないけど、わたしたちの知らないところで、わたしたちのメモリを食っていることも確かなのだろう。

ポケットwi-fiを契約しようかと思っていたけれど、ちょっと踏みとどまった。

そんなことをしたら、きっと私はいつでもどこでも働いてしまうだろう。

面倒だけど、ちゃんと足を動かしてwi-fiがある場所に移動していこうと思う。

便利すぎる環境は、不自由なわたしを救ってくれると同時に、自由な思考を奪っていく。

デジタルデトックスが大切なことは、頭では理解していたけど、実際に体感してみてより思った。

たまにはスマホを捨ててみても、世界は変わらず回り続ける。

そんな勇気を持ってほしいと思う。

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