キャリアと「母になること」の間で揺れた10年。子どもを望む女性心臓外科医が、葛藤の末に見つけた大切なこと
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キャリアと「母になること」の間で揺れた10年。子どもを望む女性心臓外科医が、葛藤の末に見つけた大切なこと

加藤ミルコ / Milaful

「いつかは子どもが欲しい……かも?」という方に向けて、体のこと、キャリアのことなどを考えながら妊活・不妊治療に向き合ってきた方の歩みをご紹介するこの企画。今回は、不妊治療で子どもを授かった30代後半の心臓外科医の女性にお話を伺いました。

どう生きたいか、何を幸せと感じるかは人によって大きく異なるため、決して「こうすべき」という模範解答があるわけではありません。悩みながらご自身で出した答えこそが、あなたにとっての正解です。今日もあなたが選んだ一歩を誇りに思い、大切にしてほしいのです。

答えが出ないぼんやりとした不安の中にいる方にとって、この体験談がご自身の人生のヒントを見つけるきっかけになればーー。そう願いながら、さまざまな方のエピソードをお届けしていきます。

* * *

30代後半の心臓外科医 さくらさん(仮名)は、不妊治療を経て今年の春に子どもを授かりました。医師としてのキャリア形成と子どもを持つことの間で、長年葛藤し続けてきたといいます。
そんなさくらさんが両方の夢を叶えられた背景には、とことんやり抜いて得られた納得感と、「結果がついてこなくてもいいから、とにかくやってみる」という ”割り切り” があったそう。その軌跡について、ご本人に語っていただきました。

想像を絶する激務で、子どもについて考える余裕もなかった新人時代

―――外科医には女性が少ないと聞きます。さくらさんは、なぜ外科医になろうと思ったのでしょうか?

子どもの頃から、自宅にあった学習漫画を読んでは「人間の体って面白いな。精密な機械みたいなのに、生きていて変化していくのがすごい」とワクワクしていて、医師に憧れていたんです。
どうせなら手先の器用さを活かして人の役に立ちたいと思い、直接手を動かして人を治せる心臓外科医を志しました。

―――なるほど。旦那さんもお医者さんなんですよね。

はい。医学部生時代に出会いました。私は医師になるのが夢だったので、結婚しても仕事を続けることに理解がある人と結婚したいと思っていて。
夫はとても優しくて寛容な人で、この人となら協力していろんなことを乗り越えられそうだと感じ、研修医の期間が終わった20代後半に結婚しました。

―――夫婦の間では、子どもについてどう考えていたのでしょうか?

結婚当初は「いつかは2人ほど子どもが欲しいね」と話していたんですけど、その後外科に入ったら、想像をはるかに超えた忙しさで……。先送りにせざるを得ませんでした。
いつまでに子どもをつくろうと考える余裕なんてとてもなくて、今じゃない、まだ今じゃない、の繰り返しでしたね。

自分の中には、なんとなく「子どもを産んで育てながら仕事ができてこそ、女医で外科医と胸を張って言える」という思いがありました。
でも、周囲に女性の先輩が一人もいなくて、子どもを持ちながら外科医として働くイメージを全く描けていなかったんですよね
だからこそ、外科に入るまでは「なんとかなるだろう」と楽観視していたところがありました。実際に働いてみるとだんだん現実が見えてきて、そんなに甘くないなと思い知らされましたが。

―――お医者さんの仕事ってイメージが難しいのですが、どのくらいハードなのでしょう?

最初に入った病院は、信じられないくらい忙しかったですね。家には寝に帰るだけだったし、当直や呼び出しも多かったし。
当直以外でも、患者さんの状態が悪ければ病院に泊まり込みで、2、3日帰れないのが当たり前でした。
丸1週間一度も帰宅できず、パイプ椅子を並べて寝る、夫に替えの下着を持ってきてもらうなんてこともありました(苦笑)。

ーーー壮絶ですね……。

ただ、忙しさよりもつらかったのは、自分が思い描いていた仕事ができないことだったかもしれません。
心臓外科医になるには、まず外科専門医の資格を、次に心臓外科医の資格を取得する必要があるのですが、手術はほとんどやらせてもらえず、常に雑用に追われていました。
若手の頃はどこもそうなのかもしれませんが、当時の職場では10歳上の先輩も同じ仕事をしていたので、このままじゃダメかもなって。

そんな状況でしたし、自分の健康に目を向ける余裕も全くありませんでした。ストレスを紛らすために喫煙していたし、お酒も結構飲んでいたし……。
何度か心身ともに限界を迎えて倒れました。それでも「自分でやるって決めたんだから、簡単に辞めてたまるか!」と根性で乗り切るような、ギリギリの状態でしたね。

「このままでは心臓外科医にも母にもなれない」。退職して妊活を優先

ーーーそんな生活は、いつ頃まで続いたのでしょうか?

30歳までですね。あるとき、ふと冷静になったんです。「ここで働き続けていても、心臓外科医になる夢も母になる夢も、両方叶えられないまま年を取ってしまう」って。
当時の自分は、すべてが中途半端になっている気がしました。なので、一旦どちらかを捨てよう、今捨てるなら仕事かなと思い、妊活のために退職しました
退職後は、別の病院の外科外来で週3回ほどのパートタイム勤務をしていました。外科専門医の資格は、このときに取得しています。

――お仕事をセーブし、妊活優先の生活にシフトしたんですね。当時はどのような方法で妊活に取り組んでいましたか?

自己流のタイミング法のみです。人間ドックで軽い子宮内膜症(1)があると言われましたが、鎮痛剤を飲めば普通に生活できたし、あまり気にせず……。婦人科系疾患について、細かく診てもらうことはありませんでした。
まだ30歳だったし、「これまでは激務で授からなかっただけだから、普通の夫婦生活を送れば自然にできるかな」と考えていたんですよね。実際は、そう簡単には授からなかったんですけど。

そもそも、妊活のために退職したはいいけど、心の底から子どもが欲しいのかどうかもわからなくて……。
仕事に戻れなくなったり、心臓外科医になる機会を失ってしまったりするのが怖くて、子どもを持つこととキャリアの間で揺れていました

―――葛藤を抱えたまま妊活を続けるのは、つらくありませんでしたか?

うーん……。確かにモヤモヤしてはいたけど、医師になって初めて人間らしい生活を送れている喜びもあったんです。
自分の心と体を立て直すいい機会だと捉えて、お琴や着付けを習いに行ったり、ジムに通ったりして毎日をそれなりに楽しんでいました。なので、つらい期間というわけではなかったかな。

とはいえ、1年ほど同じ生活を続けるうちに、また葛藤が大きくなってきて。昔の先輩に「仕事に戻りたい気持ちもあるけど、迷ってます」って相談したんです。
その話が研修医時代の師匠の耳に入ったらしく、「うちの病院に戻ってこないか?」と声をかけてもらいました。それで、元いた職場ではなく、研修医時代の病院に戻ることにしたんです。

―――当時はどんな心境でしたか?

また本格的に仕事ができる喜びと、「結局子どもはできなかったし、1年間何してたんだろう」という気持ちが入り混じっていました
「心臓外科医になるには、35歳までに簡単な心臓手術をできるようになれ」という暗黙の了解があるのですが、貴重な1年を無駄にしてしまったなって。
それでも、復帰できるのはとても嬉しかったので、気持ちを切り替えました。

仕事に区切りが付き、覚悟を決めて妊活を再開。師匠の存在が後押しに

―――復帰してからも、妊活は続けたのでしょうか?

戻るからには少なくとも3年は仕事に集中したかったので、夫と相談して中断しました。夫はずっと子どもを欲しがっていたから、内心は残念だったんじゃないかな……。
仕事柄、どんな病院に勤務しても家に帰れないときは当然あるし、一晩中手術する日もあるので、復帰自体も心配だったみたいです。
でも、気持ちを押し付けてくることはなくて、心配しつつも応援してくれました。おかげで安心して働けましたね。

新しい職場はとてもいい環境でした。時期によっては激務だけど、ある程度人間らしい生活を送れるようになったんです。
目標である心臓外科医の受験資格を得るまで、ひたすら仕事に集中しました。
術前から手術、術後まで自分の責任で患者さんを診られるようになり、ようやく受験資格を手にしたタイミングで、もう一度退職して妊活に専念しようと決めました。それが35歳のときですね。

―――ついに!お仕事がますます楽しくなる時期だったかと思いますが、なぜこのときに妊活再開を決めたのでしょうか?

年齢的に最後のチャンスかな、と。仕事を離れるのは寂しかったし、実は、その頃には子どもがいない人生もいいなと思っていました。
けれど、「このまま仕事を続けて子どもをつくらないまま年齢を重ねたら、いつか後悔するかもしれない」と思ったんです。

あとは、師匠が「一旦きっぱりと仕事を離れて、妊活に専念してみたら」と背中を押してくれたのも大きかったですね。
仕事に集中していたとは言っても、仕事が楽しくて離れたくない気持ちと、いずれは子どもを産まなければという気持ちの間で周期的に揺れていて、師匠にはちょくちょく相談させてもらっていたんです。

―――さくらさんにとって、その先生はメンターのような存在なんですね。

そうですね。親子ほど歳が離れていて、偶然にも同じ県の同じ高校出身なので、特別気にかけてくれたんだと思います。私も父親のように慕っていて、なんでも相談できました。
師匠が親身になって相談に乗ってくれていたからこそ、ロールモデルがいない中でもなんとか頑張ってこられました。感謝していますね。

結果よりも挑戦することが大事だと思えたから、心にゆとりを持てた

―――2回目の妊活はどのように進めたのでしょうか?

「2年間は妊活に専念して、期間内にできなかったらすっぱり諦める」と決めて、退職してすぐ不妊専門のクリニックに通い始めました。妊活するからには、できるだけ時間を無駄にしたくなくて。
クリニックで検査したところ、やはり軽い子宮内膜症があり、その影響で卵管が少し狭くなっていたとわかりました。
幸い妊娠に支障をきたすような大きな異常はなかったけど、年齢のこともあり、妊娠にベストな状態というわけではありませんでしたね。
その後は、まずエコーで排卵を確認しながらのタイミング法(2)からスタートし、排卵誘発剤の内服、排卵時に精子を直接子宮の中に入れる人工授精とステップアップしていきました。

―――不妊治療には痛みを伴うものもあると聞きますが、さくらさんの場合はどうでしたか?

膣から管を入れて子宮の奥の卵管に直接水を流し込み、卵管の状態をエコーで見る卵管通水が痛かったです。他の病院でやっている卵管造影(3)よりは痛みが少ないそうですが。
あとは、子宮の中を直接見る検査で慢性子宮内膜炎(4)が見つかったので、炎症を起こした組織を削り取る掻爬(そうは)を受けたのですが、これも本当に痛かった……。
鎮静剤で眠らされた状態で処置を受けているのに、あまりの痛みで起きてしまったくらいです。

―――精神面では、負担やプレッシャーを感じることはありませんでしたか?

精神的には、あまり追い詰められている感じはしませんでした。私個人としては、「できてもできなくてもどっちでもいい。子どもがいる人生もいない人生もきっと楽しい」と思えていたから。
結果よりも「2年間子どもをつくる努力をした」という事実によって、自分が納得できることが大事だと考えていたんです。
もちろん子どもができたら嬉しいけど、できなくても気持ちを切り替えてやっていこうってスタンスだったから、「またダメだった」みたいな落ち込みはありませんでした。

夫とのお出かけや趣味の歌舞伎鑑賞でうまく気分転換できていたのも、思い詰めずにいられた理由かな。リセットしたら「残念。そんじゃ飲むか!」ってお酒を飲んだりもしていましたし(笑)。
とはいえ、整体や鍼治療を受けたり、ストレッチや自炊をしたり、葉酸やマルチビタミン等のサプリメントを飲んだりと、健康管理にはある程度気を遣っていました。
タバコはその数年前に夫と揃って辞めていましたが、もっと早く禁煙してもよかったですね……。

―――なるほど。気分転換しながら健康的な生活を送ることは、不妊治療を続けるうえで大切なことかもしれませんね。その後はどのような流れで妊活を進めましたか?

間にタイミング法を挟みつつ、人工授精を5周期続けたのですが成功しませんでした。
次に体外受精(5)に移ったところ、初回の移植で妊娠しました。不妊治療を始めてちょうど1年経った頃でしたね。
体外受精では排卵誘発剤を注射したので、卵がたくさん取れたのですが、卵巣が腫れて腹水が溜まる卵巣過剰刺激症候群(OHSS)になってしまって。
1か月間は妊活をお休みして受精卵をいくつか凍結し、次の月にその1つを移植しました。
それが今の子どもです。なので、実はまだきょうだいがたくさん凍ってます(笑)。

―――凍結した受精卵は、いつまで保管できるのでしょうか?

私の通っていた病院は期間の制限を設けていなくて、夫婦が離婚しない限りは、お金を払えば1年ごとに更新できます。
保管料は年間25,000円です。かなり良心的な病院で、不妊治療自体もトータルで100万円以下でした。

―――自由診療なので、病院によって価格の差が大きいんでしょうね。

そうだと思います。知り合いに不妊治療をやっている産婦人科医がいなかったので、ネットの口コミで評判がいい病院を選びました。事前によく調べてよかったと思っています。

不安だった昔の自分に「私ならなんとかできるから大丈夫」と伝えたい

―――妊娠して、どんな気持ちになりましたか?

嬉しかったけど、やっぱりいろんな意味で不安はありました。リスクの高い高齢出産だし、生まれた後の生活がどうなるか想像がつかなかったし。
正直なところ、「ちゃんと可愛がれるかな?」「子どもがいると、仕事に戻るときに制約が生まれるかもしれない。この子さえいなければ、と思ったりしないかな」と心配していた部分もあったんです。

でも、実際に生まれてきてくれたら、絶対にそんなことはないなと確信しました(笑)。もう、最高に可愛いし、なにより子育てが楽しい!
もし子どもがいることで多少仕事しづらくなったとしても、この子の可愛さで全部帳消しになっちゃう。本気でそう思います。

―――お子さんは、さくらさんの価値観を変えるほど大きな存在なんですね。今後、お仕事に復帰する予定はあるのでしょうか?

近いうちに、妊活前まで働いていた病院にフルタイムで復帰する予定です。
夫がしばらく臨床の現場を離れて大学院生になるので、いずれは自分が中心になって家庭のことを担ってもいいと考えてくれていて。
彼の科の方が働き方に幅があり、家庭と両立している女医さんもいるんです。夫も、そういう働き方を目指しているみたい。
オスとメスが役割を交代する、ペンギンの子育てみたいなイメージですね。バトンタッチして、「次は私が狩りに行ってくるから」って(笑)。いい人と結婚させてもらいました。

復帰後は、基本的には男性医師と変わらないくらい働きたいと思っています。退職前にある程度の実力と信頼を培ったつもりなので、周りに甘えながら、無理のない範囲でバリバリ働けたら。
夫と協力するのはもちろん、保育園やファミリーサポート、家事代行などのサービスもどんどん使っていくつもりです。

―――「周りに甘えながら、無理のない範囲で」。きっと、いろんな経験をしてきた今のさくらさんだからこそ言えることですよね。

そうですね。昔は「つらくて当たり前、耐えて当たり前」「誰にも頼れない」と思っていたけど、先輩に相談したおかげで師匠から声がかかったし、師匠に相談したからこそ大きな決断ができた。自分の気持ちを周囲に伝えることの大切さを学びました。
今振り返れば、もっと早くから周りに甘えてもよかったかもしれません。子どもには、自分の気持ちを素直に伝えられる人になってほしいと思います。

―――周りの人に頼ることのほかには、人生において何が大切だと思いますか?

やりたいことはとにかくやってみる。もしうまくいかなくても、「これだけやった」という納得感を得られるので。
挑戦しないのと、頑張ってもうまくいかなかったから仕方ない、と割り切るのでは全然違うと思うんです。「あのときにああしておけばよかった」って後悔し続ける人生は、やっぱりしんどいじゃないですか。

妊活も、子どもができてもできなくてもいい、とりあえずやってみようと思えていたからこそ再開できました。
結果的に、心臓外科医になる夢も、子どもを持つ夢も叶えられた。挑戦して本当によかったです。

―――さくらさんにとっては、納得感が得られることが重要なポイントなんでしょうね。

そう思います。だから、納得するまで仕事をやりきってから妊活に臨んだのも、自分にとっては正解でした
一定期間仕事に集中して、心臓外科医としてある程度やっていける自信がついたからこそ、「もし子どもができなくても、私には仕事があるから充実した人生を送れる」と思えた。そのおかげで、妊活にもあまり気負わずに取り組めたのかな。

昔はなんでも頑張りすぎていたけど、今はいい意味で肩の力が抜けているというか。絶対にこうじゃなきゃダメとか、こうあるべきというのがあんまりなくて、楽しくやれています。
もし過去の自分に会えるなら、「なんとかなる、私ならなんとかできるから大丈夫。そんなに不安にならず、師匠を頼りつつ、勇気を持ってどんどん踏み出して」って伝えたいな

それから「私たちの子どもは最高にかわいいよ!」って、ぜひ教えてあげたいですね

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※この記事は妊娠や不妊治療の経過を説明するためのものではありません。ご自身の健康状態をはじめ、妊娠や不妊治療について疑問点がある場合は、医療機関を受診するなど専門家にご相談ください。

(1) 子宮内膜症:本来、子宮の内側(内腔)にある子宮内膜が違う場所に発生してしまうこと。
参考:女性の健康推進室 Wellness Labo ウェルネスラボ「子宮内膜症」
http://w-health.jp/caring/endometriosis/

(2)タイミング法:基礎体温、超音波検査にて排卵日を推定しその前後で性交渉を行って妊娠をめざす治療。
参考:聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター「治療について」
https://www.marianna-u.ac.jp/hospital/reproduction/diagnosis/017155.html

(3)卵管造影:子宮の中に細いチューブを入れて造影剤を流し、卵管が通っているかどうかなどを確認する検査。
参考:聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター「検査について」
https://www.marianna-u.ac.jp/hospital/reproduction/diagnosis/diagnosis05.html

(4)子宮内膜炎:骨盤内の感染症の一つ。
参考:メディックメディア「病気が見える 婦人科・乳腺外科」P.80,81

(5)体外受精:卵巣より卵子を採取し体外にて精子と共培養し受精させ受精卵(胚)を子宮内に移植する方法。
参考:聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター「治療について」
https://www.marianna-u.ac.jp/hospital/reproduction/diagnosis/017155.html


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Twitter:@Milaful__jp

ライター:小晴
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加藤ミルコ / Milaful
「今すぐではないけど、いつかは子供がほしい…かも?」 将来のためのご自身のケア、キャリアとの両立などについて考えていきます!/中の人は医療・ヘルスケアの会社をやってる人です