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選ばれし「前歯」を授かった私

 私の前歯には、謎の白い斑点模様がある。

この撮影のために、口紅を久しぶりに塗る。口元汚くてごめんなさい。

 痛みといった歯のトラブルはないので、これまで特別困ったことはない。強いていうなら、出会う人に「その白い斑点、何?」と聞かれることだろうか。トラブルというより、コンプレックスに近いものかもしれない。

 私は今、45才。これまでさまざまな人々と出会ってきたが、歯に斑点がある人とは一度も出会ったことがない。

「みくさん。もしかすると、選ばれし者かもしれないよ」

 恥ずかしそうに歯のことを伝えると、そう言ってくれた人もいた。けれども。歯の斑点がある人に選ばれると、何かいいことでもあるのだろうか。

 好きな人ができても恋は実らないし、就職だって決まらない。「おまじない1000」という本も購入して、願いを叶えるべく好きな人の名前もたくさん書いたし、腕に名前を書いて絆創膏だって貼ってみた。

 それは、絆創膏が剥がれないまま、3日過ごせば意中の人と両思いになれるというおまじないだった。しかし、いざ試してみると絆創膏が剥がれないようにと気を使ってしまう。腕を庇うように動くので、何も怪我していないのにまるで負傷者みたいだ。

 結局、動きが挙動不審になり、ただの怪しい人にしかなれなかった。もちろん、恋も実っていない。好きな人は、学年で1番可愛い子とその後交際した。

 前歯に斑点があって良かったこと。ない。強いていうなら「その斑点、何?」と、人から聞かれるので、会話のアイスブレイクにはなったかも。

 ただし、歯の斑点から会話が盛り上がったことは、ほぼない。斑点があっていいことなんて、やっぱり何一つなかった。

 斑点があると、人前に出て歯を出して笑うことを恥ずかしく感じてしまう。誰かに会う度に、私はギュッと口を一文字に閉じる。

 歯の中央にある斑点の理由、知りたい。思春期真っ盛りだった頃の私は、歯の斑点についてさまざまな歯科医に相談した。

「栄養が足りなかったのかもしれないね。エナメル質が、上手く形成できなかったのかな」
「歯磨き、上手くできていなかったのかも」
「そういう人もいるみたいです」

 結局、本当の理由はわからずじまい。歯を出して笑うのが恥ずかしい。可愛い子たちは、ニイッと白い歯を出して、ケラケラと笑う。

 私もあんな風に笑いたい。けれども、歯の斑点が恥ずかしくて上手く笑えない。

 そんな私を「いつも恥ずかしそう」「シャイだね」という女友達もいたが、それは違う。白い斑点を人に見られるのが嫌だから、ぎこちなく笑っていただけだ。

 ぎこちない笑顔は、歯の斑点だけが原因という訳じゃないけれども。上手く笑えない理由のひとつではあったと思う。

 あれは高校生になった頃だろうか。ドラッグストアをふらふらしていると、歯を白くするマニキュアを発見する。そのマニキュアは歯の形をしていて、見た目も可愛いかった。

 裏面には、上手く歯にマニキュアが塗れるようにと、小さな鏡もついている。消費者のニーズをよく捉えた、実に画期的な商品だった。

 「歯のマニキュア」の値段は覚えていないが、確か税込1,200〜1,500円位だったような気がする。おそらく、学生でも試しやすい価格設定にしていたのだろう。

 当時のお小遣いは、月3,000円。月のお小遣いの大半を、歯のコンプレックスを埋めるために使うのか。お財布をカバンから出すのを一瞬躊躇う。

 友達はそのお金で、安室ちゃんや朋ちゃんのCDを買ったり、マックでランチしたりするというのに。私は、歯のマニキュアをコソコソ買わなきゃいけないだなんて。あまりにも不公平じゃないか。コンプレックスのある子と、ない子の境界線。深い。マリアナ海峡みたいだ。

 コンプレックスのない人が羨ましい。でも、そう思うのは私の傲慢だろうか。もしかしたらキラキラ瞬いていたあの子や恋焦がれていたイケメン君も。本当は私のように、コンプレックスを抱えていたのかもしれない。

 眉毛が綺麗に整ったあの子だって、当時流行した「安室ちゃんになれる、眉毛テンプレート」を使っていたのかも。ルーズソックスがよく似合うあの子だって、そのために毎晩必死に美脚マッサージしているかもしれない。

 もしかしたら、人知れず。あの子たちだって、可愛くなるために努力している可能性だって考えられる。そうだ。あの子にコンプレックスがないなんて。私が勝手に、決めちゃいけないんだ。

 そもそも、そういうネガティブな思いが人への妬み心を生むのではないか。

「あなたはいいよね。最初からずっと綺麗で」
「綺麗な人には、私の気持ちなんてわからないのよ」

 美のために努力してるけど、本当はそれを口に出していない人だっている。こんなことを思っては……言ってはいけない。けれども。気が緩むと可愛い子への妬みから、ポロっと言ってしまいそうだ。

 明るい笑顔の子で、白い歯を出してニッコリ笑う女の子がいつも眩しかった。

 あんなに素敵な子だって、私の斑点みたいなコンプレックスを隠しているのかも。そして、素敵な笑顔になるために、精一杯の努力をしているんじゃないだろうか。

 前歯へのコンプレックスを抱く度に、私はそう考えることにした。私にとって、それは精一杯の気休めだった。

 歯に白いマニキュアを塗って、鏡を見る。歯の本体が黄色いせいか、白いマニキュア部分がまだら模様のようになり、上手く塗れないことに気づく。

 前歯がまだら模様になった様子を見るなり、私はおかしくて「ははは」と笑う。きっと私の歯は、斑点をもう隠せないんだ。

 それからは斑点を隠すことを諦め、気にせず過ごし始めた。自分が気にしていなければ、案外誰も気にしないもの。

 そう、斑点があろうがなかろうが。堂々としていればいいんだ。笑いたかったら、笑えばいいのさ。

 白い斑点は、もしかしたら私を選んで訪れたのかもしれない。小さいことは、気にしなくたっていい。斑点なんて、誰も注意して見ていないものさ。だから、どんな時も自分らしく。精一杯笑いなさいと。そう、私に教えるために。

#いい歯のために

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