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蒼色の月 #115 「否認」

12月。3回目の離婚調停まであと2週間。
私のもとに、結城弁護士からの電話がきた。
話によると、内々に担当裁判官と夫の弁護士と話をしてくれたらしい。
私は知らなかったが、そういうことは多々あるとのこと。

「麗子さん、裁判所もご長男の進学が、ご両親の離婚問題でなくなってしまうことは、大変よろしくないと考えています。麗子さんがおっしゃる通り両親の離婚問題と、お子さんの進学は別な話ですから。なによりお子さん達を守ることを優先すべきと、裁判官が」

「そんなありがたいことを?ありがとうございます。ありがとうございます…」

調停委員の、あまりにも事務的で冷たい態度に、すっかり裁判所の印象を悪くしていた私は、この血の通った裁判官の言葉に感激した。

「大学進学なんて、ご本人にしてみたら一生を左右しかねない問題ですからね。そこは離婚問題とは別に、早急に進めて頂きたいとお願いしておきました」

「先生、なんとお礼を言っていいか。本当にありがとうございます」

後々わかったことだが、裁判所は子供の人権に対しては敏感で、温情を示してくれることが多い。

「裁判官もお子さんのことは、慎重に対処していきましょうと言ってくださいました」

対処していきましょう…か。
対処してくれるのは嬉しいのだが、何分もう時間がない。調停はほとんどが一か月に一度。大学の入学手続きの期限が切れてから、進学費用はやっぱり払いますと言われても遅いのだ。
もうセンター試験まで、2か月を切っているのに。
そんな私の苛立ちを、見抜いているかのように結城弁護士が言った。

「焦る気持ちもわかりますが、もうしばらく向こうの出方を見てみましょう」

「はい…わかりました」

ここは先生と裁判官を、信じるしかない。

「ところで、麗子さん、一回目の調停でこちら側から旦那さんが離婚を求めている裏には、旦那さんの不貞行為があるということをこちらから裁判所に進言しましたよね」

「はい…」

「実は、旦那さんが不貞行為を否認してきました」

「否認って…不倫してないって言ってるんですか?あの人」

「はい。不貞行為なんてそんな事実は全くないと」

「全く?全くですか?」

「はい。完全否定ですね」

は?
完全否定?
この小さな田舎町で、夫と美加を目撃したという人は何人もいる。
私が直接聞いた人だけでも数人はいる。
夫は私の前でも、美加の話を何度かしている。
義父の知人の市議会議員の事務所で、夫や義父、美加の親族と議員を交えて話だってしているじゃないか。不倫していないならそもそも、あの話し合いはなんだったの?
なんのために私は、あの時吊し上げにあったわけ?
そしてなにより、離婚もしていないのに、家を出て早々に夫は美加の家で美加とその家族と同居しているじゃないか。
住民票まで移しているじゃないか。

なのに不倫はないと?
もう、夫の頭は完全におかしくなっているとしか思えない。

「先生、そんなことがまかりとおるんですか?見てる人だって証人だっているんですよ。その人たちに聞いてもらえばすぐにわかることじゃないですか」

「麗子さん、裁判所は調停でそこまでは調べません。第三者の証言を聞くことはありません。調停はあくまで二人の話合いを助ける場でしかないからです」

「そんなばかな…。証人も目撃者もいるのに不倫の事実を証明できないってことですか?そんなおかしな話があるんですか?」

「麗子さん、落ち着いて。不貞行為と進学問題は別です。まずは進学問題からはっきりさせましょう」

「はい…」

「それからこちらはあくまで、ご主人には不貞行為があり、有責配偶者はご主人と。それが認められない限り離婚はしないと主張し続けるだけです」

そうだった…。
私は、一番最初の結城弁護士との調停に向けての打ち合わせを思い出した。
今回の調停では、私は離婚をしないと決めていたのだった。
進学費用を出させること。
離婚はしないこと。
これが今回の調停の目標だった。

不倫はしていない。
離婚はしたい。
長男の進学費用は払いたくない。

離婚以外、とんでもないそんな言い分がこのままでは通るということか。
それが調停?
法ってなに?
裁判所ってなに?

この街のいろんな人が、夫と美加の不倫を知っている。でも夫がしていないと言えば、調停ではそんな夫になにもできない。
夫が進学費用は払いたくないと言えば払わなくてもいい。

調停っていったいなんのためにあるんだ?

私が知ったことは、必ずしも弱者や被害者がここに来れば守られるわけではないってこと。

自分の身を守りたければ、結局自分自身で戦うしかないってことだ。




mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!