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青色の月 #114 「子供の心」

2回目の離婚調停は、まさかの夫の欠席で終わった。
体調不良のはずの夫は設計事務所にいた。
そこまでして、お金を出すと言いたくないんだ。
私のためならともかく、子供の進学費用なのに。
これが果たして本当に、夫の意志なのかと考えるとおそらく違うだろう。
夫は良い人を演じて、私を悪妻に仕立て上げたい今、わざわざこんな心象の悪くなることをするはずがない。
義父だって、事務所の跡取りとしてそれなりにかわいがってきた孫に、ここまでのことをするとは思えない。
たぶん、黒幕は女。美加が夫を操っているとしか思えない。

人様の家の、人様の息子の進学。
人様の家のお金をどう使おうが、女が口を出す権利などないのだ。

進学費用を出すか出さないか、返事は12月半ばの3回目の調停に引き延ばされてしまった。

もし…万が一、夫が進学費用は出さないと、結論を出した場合…
私はいったいどうしたらいいのか。
悠真に何と言ったらいいのか。

今まで夫からの返事を散々待った。待っても待っても出すと言わない夫。本当に出す気がないのではないか。
そんなことばかり考えていると、心配で気が狂いそうになる。

11月後半、悠真、美織共に最後の三者面談も終った。
美織は地元の公立の高校へ。悠真は東京の国立4大へ進学希望と学校にはお願いをした。
悠真は、北海道の田舎から東京へと出て行くわけで、アパート探しから生活用品の準備からやることはたくさんある。しかしどうやら悠真本人は、それを大変と言うよりは、楽しみととらえているようでその顔は明るい。
もちろんそれは、今の両親の現状を知らないから。

しかし悠真が、そんな笑顔でいてくれることが私のせめてもの救いだった。ネットで学生向けの安アパートを検索しながら、楽しそうにしている悠真。

「お母さん、やっぱ風呂とトイレは別の方がいいんだよね?俺は一緒でもいいかと思うんだけど、和也がさ、そこは別だろって言うんだよね」

悠真の高校は進学校で、クラスの9割はどこかしらの大学を受験する。
だから今、クラスのもっぱらの話題はこんなことなのだという。

「そうだね、別にこしたことはないけど。それより気を緩めないで追い込み頑張ってよ」

私はそう言って話をそらす。
もし悠真が、父親が進学費用を出さないと言っていることを知ったら。
もし悠真が、当然行けると思っている大学に、今のままでは行けないということを知ったら。
もし悠真が、大学進学を認めた父が約束を破ろうとしていると知ったら。

想像すると、私の心は潰れそうになる。
同じ親なのに…。
男女の差はあれど、子供達が生れたとき、初めて歩いたとき、初めて言葉を発したときは二人で一緒に喜んだのに。
高熱を出したとき、肺炎で入院したときは二人で一緒に心配したのに。

他に好きな女ができただけで、愛した子供達のこともどうでもよくなってしまうものなのだろうか、男とは。
理解できない。
理解できないから尚更恐ろしい。

「ねえ、お母さん!お兄ちゃんが東京に行ったら、みんなでお兄ちゃんの部屋に泊まりに行けるよね。お兄ちゃんの大学も見たいしさ」

美織がそう言った。
子供達が本心からの笑顔でないことは知っている。
父親が、家に丸一年帰ってこないばかりか電話すらないのだから。
でもそんな中でも、彼等は彼等なりに心を奮い立たせ、前に進もうとしている。
そんな彼等を、私が守らずに誰が守るのか。

「そうだね、みんなでお兄ちゃんのとこ遊びに行きたいね。そしたらお兄ちゃんに東京案内してもらいたいね。それにはまず、お兄ちゃんに合格してもらわないとね」と私。

「そうだ!兄ちゃん!がんばってくれ!」健斗がそう言って笑った。

「そうだー!」と私。

センター試験は一月半ば。
もう勘弁して欲しい。
もう苦しめないでほしい。

私が今一番に悲しいのは、子供達の将来を脅かす、私が戦うべき相手が他人ではなく、この子達の実の父親であるということだ。

神様どうか、この子たちを傷つけないで。
私はもう、どうなってもいいですから。どうなってもいいですから。

どうかこの子たちの心だけは、傷つけないで、もうこれ以上は。

mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!