蒼色の月 #69 「私の母」
私の母は、茨城の小さなスーパーの娘だった。
3人兄弟の末っ子で、上の兄弟や、スーパーの従業員さんにかわいがられて育ったと聞いた。
私の父が病気で亡くなってから、母はこの2人の兄や姉を、事あるごとに頼って生きていた。それは大人になってからも続いた。まさに末っ子気質であった。
今思えば、突然父に先立たれた母が、私を抱え生きて行くには、兄弟に頼るのも致し方なかったのかもしれない。
そして母はよく私の前で泣いた。
弱みを子供にダイレクトに見せる人だった。
母が泣く度私は心配になり、どうしようもなく心細くてたまらなくなった。
そんな風に、小さなことでメソメソといつも泣いている母が、私は正直嫌いだった。
それは彼女の生い立ちや、家庭環境からくるものもあったのだろうが、当時子供だった私は、そこを理解してあげることができなかった。
もちろん、優しい良い母ではあったのだが。
いつでも、なんでも家族を頼る弱い母だった。
母は強くなければならない。
泣く母を見るたび、心細くなる私は子供心に自分の脳にそうインプットしてしまったのだろう。
だから子供達には。夫の件は一切相談していない。
もちろん、子供達の前では泣くこともない。
この件に関した弱音も一切吐くことはない。
これから続く長きにわたる夫との戦いで、私は結局子供の前で取り乱したり涙を見せたことは一度もなかった。
弱い母は子供を不安にさせる。
母は子供の前では強くなくてはならない。
私がそこにこだわったのは、この幼少期のトラウマからだろう。
設計事務所に行かなくなって2週間。
最初は風邪を引いたと子供達には言ってあった。
子供達が100パーセント信じているとは私も思ってはいない。
お互いに「だからお母さんはもう事務所には行かなくて良いんだね」そう思える公然とした言い訳が、私にも子供達にも必要だった。
そこをうやむやにしてしまうと、子供達との間に溝ができてしまいそうで怖かった。
さてなんとその理由を話したものか。
ある休日の夕方食卓を囲む4人。私は笑顔で言ってみた。
「あのね、みんなに報告があるんだけど。お母さんちょっと体調悪くってずっと仕事休んでるじゃない?そしたらね、おじいちゃんが悠真も美織も受験生になったことだし、健太郎はうちに来てもらってるわけだし、麗子一人じゃなにかと大変だろうって事務員さん雇ってくれたの。その事務員さんにお母さん、一生懸命仕事教えたから事務所はお母さんがいなくても大丈夫になったんだよ。だからおじいちゃんね、悠真と美織の受験が終わるまで事務所には来なくて良いからって」
「じゃあ、お母さんずっと家にいられるの?」
一番最初に健斗が口を開いた。
「そうだよ。だからこれからは、手の込んだご飯とかも作れるし。みんなの送り迎えとかもしてやれるしお母さんもよかったよ、ははははは」
「お母さん、ゆっくりできたら体重もきっと元にもどるね」
美織がそう言った。
「うん、いいことばっかりだね。おじいちゃんに感謝だね!」
私は笑った。
私はこんなにも、嘘のうまい人間だったことを自分でも最近気が付いた。
私はとんでもない大嘘つきだ。
まるで詐欺師だ。
私は子供達を騙している。
最低の親だ。
大悪党だ。
mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!