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蒼色の月 #99 「打ち合わせ②」

「麗子さん、先日もお話した通り、今回の調停では麗子さんに離婚の意思がない限り離婚にはならないので心配しないでください」

「はい」

「あくまでこちらの目的は、お子さんの大学費用に関して、きちんと調停で話し合い、進学費用を払うことを健太郎さんに約束してもらうための調停と考えてくださいね」

結城先生は、いつも穏やかで、明るくて、なんだかそこだけ空気が澄んでいるそんな印象を私は持ってしまう。

「はい。わかりました。そう思うと裁判所に行くのも少し気が軽くなります」

「長男さんの大学費用や生活費なんか、調停で決まれば気まぐれに健太郎さんが額を減らしたり払うのを止めたり出来なくなるわけですから。むしろそのほうがいいと、私も思います」

本当にその通りだ。
私は調停を申し立てられたことで、まだ離婚する気もないのに離婚を強要されていると思うと、ただただ苦しくて被害者意識しかなかった。
でもこの調停を利用して、健太郎に約束させれば良いのだ。家族間の約束は平気で破る人でも、間に弁護士や裁判所が入った約束なら、無碍にもできないはず。
弱っている麗子に追い打ちをかけろとでも言うように調停を起こしてきた夫たち。だったらその追い打ち逆に私は利用しよう。子供の未来を守るために。

調停に必要な書類に何枚かに署名捺印すると、私はカバンから分厚いファイルを3冊取り出し結城弁護士に差し出した。

「これは?なんですか?」

「これは、夫の不倫がはっきりしてから、こうなったときになにかの役に立つように集めたものです。なにが役に立つかなんて、その時の私は一切考えられなくて。取り敢えず思いつく物、手当たり次第にコピーしました」

「そうでしたか。こんなものがあるんですね」

「はい。それとこれも」

女の家に乗り込んだときの録音。議員事務所で不倫女の親族と夫と義父に吊し上げにされたときの録音。夫と子供達が進学費用について話し合ったときの録音。
それらが録音されているICレコーダーを私は机の上に置いた。

「このレコーダーは?」

「はい。相手に黙って録音するのは、もしかしたら違法なのかもしれませんが、女の家に乗り込んだとき、議員事務所で不倫女の親族と夫と義父に吊し上げにされたとき、夫と子供達が進学費用について話し合ったときの音声データです」

「よくここまで準備できましたね…」

「それとこれは、夫がおかしくなってからその言動などを書いた私の日記です」

日記帳を先生の前に置いた。

「…あんな辛い目に合いながら、麗子さんが正直こんなに資料を準備されているなんて、思ってもいませんでした。なかなかここまでできる人はいません。大抵は、不倫されたショックに打ちのめされて、相談には来たものの証拠らしきものはなにも手元に持っていらっしゃらないという方がほとんどですから。全部拝見させていただきます」

こそこそと、人のものをコピーしたり、黙って会話を録音したり、尾行したり、私はそんな人間に成り下がってしまった。初めは罪悪感でいっぱいだったが、もうそんな気持ちはどこにもない。

今の私には、子供たちのために進学費用や生活費を勝ち取ることが最優先事項なのだ。
そのためには、這いつくばってでも、泥水を飲んででも、私は全力を尽くすのみ。








mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!