蒼色の月 #55 「知らせ」
夫と女の不倫の在処を、突き止めたのはいいけれど。
この先私はどうすればいいのか。
夫の車が深夜、美加の家の駐車場に停めてある写真は撮ったものの、これをどう使えばいいのか。
夫が寝泊まりする、美加の家を見つけたとはいえ、そこに単身乗り込む勇気は私にはない。
車の写真を夫に突きつけたところで、この後すぐに帰ったからとか、今の夫なら平気で嘘をつくにちがいない。
それでは私はいったいどうすれば。
子供たちに、真実を話していない以上、やはり知人や友人には相談できない。もし万が一話が漏れ伝わり、子供達の耳に入る恐れがあるからだ。上の二人は受験を控えているのだ。
今から私はたった一人、なにをどうしたらいいのか。
その夜私は不思議な夢を見た。
晴天の清々し風の中、私は両脇にリンゴ畑を見ながらなだらかな丘を登っていた。それはなにやら、見覚えのある風景だった。
ふと前を見ると、母方の親族が喪服を着て同じ様に丘の道をぞろぞろと登っている。そして私のすぐ前は、懐かしい私の母だった。
いったいみんな、どこに行くんだろう。
そう疑問に思い、立ち止まった私はその集団から遅れてしまった。
すると母が、私の横に来て言った。
「今日は叔父さんの三回忌なんだよ」
そう私に告げると、母はにっこりと微笑み親族に続きまた道を歩きはじめた。みんなから遅れないように。
そうだ、ここを登ったところには母方の実家の墓地があったんだ。
夢の中の私は、そのことを思い出した。
そうか、だからみんなで墓地までの道を歩いているのか。
納得した私は、みんなの後をついて歩き始める。
これは、労災で亡くなった叔父の3回忌の日の光景だった。
叔父はとある会社で、40年間務めていたが過重労働で病気になり60歳で急死した。その叔父のお墓が、茨城のその丘の上の大きな墓地の一角にあるのだ。
お墓に辿り着くと、お花とお線香をあげみんなで代わる代わる手を合わせた。
丘の上の墓地は、とても見晴らしがよくそこから街を見下ろすことができた。
お墓参りも終わり、墓地の隣にある東屋で、休憩している叔母たちが話をしている。
「会社に労災認定させるの大変だったらしいね。苦労したんだねぇ」
だれかが、夫を亡くした叔母に言った。
「そうなの裁判ってほんと大変だったわ。弁護士雇って時間もかかるし。何回裁判所に行ったか。だけど私日記つけててね。たまたまそこに夫の過重労働の実態も全部書いていたの。あとは夫の病院の領収書や、先生に言われたことのメモとか、夫の手帳や走り書きなんかなにからなにまで取っておいたから、それが証拠になって勝てたんだよ。とても難しい裁判だけど、よく勝てたって弁護士にも言われたよ」
叔母のその言葉に皆感心した。
「よくそんなものまできちんととっておいたもんだね。あんたは子供頃から几帳面でまめだったからその性格が役立ったんだね。私なら勝てなかったよきっと」
当時労災認定を受けるのは大変難しいとされていた時代だった。
そうなのか裁判には、日記、領収書、証拠…そういうのが大事なんだな。
私はそこで不思議な夢から覚めたのだった。
寝坊だった。
急いで子供達の朝食と弁当を作った。
子供達を慌てて起こし、私の気ぜわしい朝はなんとか無事に終わった。
夢のことなどすっかり忘れていた私だったが、ソファに座りほっと一息つくとふと夢の中の叔母たちの会話を思い出した。
日記、領収書・・・証拠があれば難しい裁判にも勝てる。
確かにあの日叔母が、皆にそう言っていたのを私はその傍らで聞いていた。それがあれば、私でも勝てるということだろうか。
いや、そんな簡単にはいかないはず。
でもなにもやらずに、このままなにもかも好き勝手にされるよりはいいはず。
先日、心療内科のカウンセラーに言われてから日記は付けている。
夫の言動の一部始終や、私の悩みや子供達のことなど。
あとはなにをすればいいのか。
まずは事実を掴むこと。
そして証拠となるものを集めること。
今現在不倫の証拠になる物は、女の家の前の夫の車の写真しかない。
それも証拠になるのかどうか。
もっとなにか証拠になるものを集めないと。
証拠を集めるには、まずは夫に接触しなければ。
接触できるのは設計事務所だけ。
辛いなんて言っていられない。
まずは設計事務所に行こう。
土日を挟んで、この5日の欠勤は事務所には幸い風邪ということにしてある。
私は明日から、事務所に出社しようと決めた。
夫に私が探っていることを知られてはいけない。
何事もなかったように、いままで通りに事務所に行こう。
不倫の証拠となる何かを、この手にするために。
私や子供たちを捨てて
不倫女の家に住む夫の会社へ。
私は翌日から事務所に出社した。
このころ、私は夫がたまらなく怖かった。
事務所に入りなり、なにやってたんだと夫のナイフのような視線が突き刺さる。
しかし、幸い夫は私がこの5日間、体調不良で休んでいたと思っているらしい。
義母も私との会話のことは話していないようだ。話して自分が義父に怒られるのが怖かったのだろう。
つまり彼らはまだ、私は夫は義父の家にいて、美加と別れる話し合いをしていて、麗子はそれを信じて事務所で馬車馬のように働いていると思っている。しめしめと陰で笑っている。私をちょろい馬鹿な女と思っている。
思いたければ思っておけ。
私はそれを逆手に取ろう。
今のうちに夫の不倫の証拠となるものを見つけなければ。
自分と子供たちを守るために。
私は負けない。あの人達には絶対に負けない。
この時点で、ダブル受験まで一年弱。
mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!