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【2023年エッセイ再開宣言】歴史にifはあるよ~陰謀論とパラレルワールドと「真夏の死角」

「真夏の死角」のファンの方こんにちは(^-^)。

 去年は一時このnoteがクリックしないと画面遷移しないという不具合に見舞われ無期限休止状態でした。現在完全復活宣言して良い状態になりましたので、今年はこちらのnoteでもまたエッセイなどもどんどん書いていくことにします。

 みこちゃんの小説はわけ分かんないけど、エッセイは好きだという方もいますので、ありがたい話です。もっとも、エッセイはもっと分けわからないという方もそれ以上にたくさんいらっしいます(^-^)。

 本日は、知性にある人なら絶対に馬鹿にする「陰謀論」についていです。

 最初にみこちゃんの立場ですが、陰謀論大好きです(爆)。知性のかけらなく大好きで、雑誌『ムー』も大好きです。

 年末に縦型ワイドPCディスプレイを購入して、現在モニタが縦横2台並んでいるのですが、縦方向にはKindleで買ったこういう本などを映して楽しんでます。

 この本は、以前もnoteで紹介したのですが、大好きなんですよ。今もこれを書いているディスプレイの横の縦型ディスプレイに映し出しています。

 なんで大好きなのか……。

 それは、さすが『地球の歩き方』だけあって、とんでも話としか思えないところに実際に行けるという前提で書いているのです。

 例えばこれはみこちゃんの大好きなUFOのページですが、UFOとか宇宙人の説明ではなく、UFOが発見された場所の説明になっているのです。

 上の中見出しの青いタイトルですね「世界的知名度を誇る宇宙人の街」というところです。
 これ、わくわくしませんか?(^-^)

 ちなみに、みこちゃんは荒唐無稽な宇宙人のお話、というのはぜーんぜん興味ありません。でも、「ロズウェル陸軍飛行場」というと、興奮するのです。

 グーグルマップで検索できるわけです。

 もちろん、ストリートビューでも見れる!

 この、『地球の歩き方』をグーグルマップでさがして、んでもって、異世界地帯をストリートビューで見る、というのはめちゃ面白いです。

 なんで面白いのか。

 それは、現実ととんでも世界が、このリアルの「場所」で交錯しているからです。

 空想の世界だけで完結しているお話、つまり、さっきの荒唐無稽な宇宙人の話は興味ないのです。でも、実際に宇宙人に会った人がいるという「事実」や、爆発した円盤が回収されたなど異世界との交錯が起きた場所というのは、すごく興味があります。もちろん証言者や事件の事実検証はこの上なく大事。検証の局面では、楽しさ求める空想は却下です。

 この世界はパラレルワールドだとみこちゃんは本気で思っていますので、ここに異世界との裂け目があったのではないか、というところがゾクゾクするわけですね。

 ちなみに、みこちゃんのパラレルワールド好きは、別noteで全開しておりますので、ご興味のある方はぜひ。

 現在こちらで連載している「真夏の死角」は、パラレルワールドという点で、あっちのnoteと完全につながっているわけです。

 歴史というものにifを考えるということもまた、パラレルワールドの肯定です。私たちは、あり得たかもしれない現実のただ一つをたまたま生きている。これがみこちゃんの実感、世界観ですので、当然あり得たかもしれない世界、日本が第二次世界大戦で勝った世界というのは、想像でも空想でも机上の空論でもなく、まぎれもなくひとつの現実です。

 たまたま、いまこうしてnoteを書いているみこちゃんが、その世界に肉体を持っていないで、第二次世界大戦で敗北した世界で生きているというわけですね。

 ですので、これは妄想ではないのです。例えばいろんな事情で東條英機ではなく石原莞爾が早めに日本の首相になっていれば、当然第二次世界大戦は日本は勝っていました。

 いま<たまたま>みこちゃちゃんが生きて呼吸している現実世界は、石原莞爾が我が国の首相となったことのないです。その日本で<たまたま>生きているわけでして、この世界が偽物だとは思っていません。ですので、オカルトというのとはちょっと違うし、宇宙論とか波動とかいい出しても、多分s正統的(?)スピ系の方からは異端扱いされてお友達にしてもらえなさそうな気がします(笑)。

 というわけで、陰謀論で描かれるもまたあり得たかもしれない世界思考の延長ですので、みこちゃんにとっては、現実にはそうなっていないけどあり得たかもしれない現実ということで、空想ではありません。そして、石原莞爾が首相にならなかった世界に比べて、その異世界、ロスチャイルド家陰謀論パラレルワールドなどは、再びいまみこちゃんが生きている世界と交錯する可能性が非常に高い。

 ですので、陰謀論にしても、第二次世界大戦で日本が勝った歴史にしてもめちゃくちゃリアリティを大切にします。荒唐無稽な宇宙人の話に興味が無いのと同様、荒唐無稽な陰謀論にはまったく興味がありません。

 ですので、E.H.カーの「歴史にifはない」というのは、アホな命題、量子力学的世界を知らない過去の人の妄想命題にしか思えません。

 実証主義というのは、現実主義とはまったく違います。多分E.H.カーはカール・ポパーの反証主義を半分も理解していないでしょう。エルンスト・マッハの考え方はすべてポパーの中にある。

 架空世界にも(論理)実証主義はもちろん適応可能です。そして、E.H.カーがカール・ポパーの反証主義を半分も理解していないとすれば、ポパーどころかE.H.カーもろくに読んだこともないくせに「歴史にifはない」と言いたがる人は、反証主義を、いや歴史というものをまったく分かっていないということになります。

 このE.H.カーの「歴史にifはない」という言葉を独り歩きさせて、ど素人がドヤ顔する文化というのは特殊日本的な話であり、海外では歴史のif性というのは真面目に盛んに研究されています。

東洋経済オンライン「日本人はもっと「歴史のif」を考えるべきだ」

 そのような視点でどうぞ、暖かく「真夏の死角」を楽しんでいただければ幸いでございます。

 (^-^)



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