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愛してくれた母は誘拐犯だった/角田光代『八日目の蟬』

永作博美、井上真央主演で、2011年に映画化された本作。
「優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした」というキャッチコピーや、映画の予告編を覚えている方も多いのではないでしょうか。

原作を読みたいなと思いつつも、何だか軽い気持ちで読んではいけない気がして、積読のまま我が家の本棚にありました。
ですが、今なら読めるかもという気分になったので、読み始めたところ、つい一気読みしてしまいました。

本作は、簡単にまとめると、不倫相手の赤ん坊を誘拐した犯人の逃亡劇と、誘拐された子供のその後の人生です。

それは単なるサスペンス(?)ではなく、血のつながりを超えた母の愛情や、事件解決後に実の家族と暮らすことになった子供の戸惑いや苦悩、そして子供の顔を見るたびに事件のことを思い出さずにいられない家族の苦しみが描かれています。

もちろん、子供を誘拐することは許されることではありませんが、事件の背景を知ると一方的に犯人を責める気になれません。

希和子は、丈博との間に身籠った子どもを堕胎することになり、結果的に子供が産めなくなります。
一方で、丈博は妻との間に赤ん坊が産まれます。
さらには妻による希和子への嫌がらせや暴言。

すべての諸悪の根源は丈博なのに、希和子も妻もどちらも辛い…

正直言って、つい赤ん坊を誘拐してしまうほど、希和子の精神状態が追い詰められても無理もありません。
むしろ、誘拐した赤ん坊を愛情いっぱいに育てた希和子を尊敬します。
私だったら憎んでしまうかもしれません。

捕まる恐怖を抱えながら、各地を転々とし、貧しいながらも一生懸命に薫を育てる希和子。
このまま見つかることなく母子二人で幸せに生きていけたらいいのに、と何度も思ってしまいました。

ただ願い叶わず、結局希和子は警察に見つかり、逮捕されてしまいます。
事件は解決しましたが、これですべて丸く収まったわけではありません。

四年前に誘拐された薫が突然現れて、どうしたらよいのか分からない家族。
突然知らない環境に連れてこられ、訳も分からず戸惑うばかりの薫。
被害者であるはずの両親への誹謗中傷。
さらには、薫を見るたびに夫の不倫と不倫相手のことを思い出してしまい、辛く当たってしまう母親。

もしかしたら、薫は実の母親よりも希和子に育てられた方が、愛情いっぱいで幸せだったかもしれません。

でもそれは、やはり間違っているのでしょう。
誘拐事件により、家族だけでなく薫自身も、結果的に「どうして自分がこんな目に」「こんなはずではなかった」「もし誘拐されていなかったら」と、苦しんでしまいます。

でも最後、薫が小豆島を訪れた際に、自分が愛情いっぱいに育てられたことを思い出したことは救いです。
薫の回想の中で、希和子が逮捕される瞬間叫んだ言葉に、心がじーんとしました。

薫が一歩踏み出す強さを持った瞬間、もう一人の母親・希和子も近くにいたことは、もしかしたら運命だったのかもしれません。

自分が望んだわけではないのに、過酷な人生に巻き込まれてしまった薫。
でも、それを乗り越える強さを感じさせてくれる作品でした。

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