North and the Only One
ある朝目を覚ました12歳のローズは、それまでの記憶がまったくないことに気づく。しかも、母親だと名乗っていた女性は、アンドロイドだった――。人類は滅亡し、アンドロイドしかいないという世界で、ローズは犬のノースとホログラムのネズミ、そして動物型コンパニオンロボットに助けられながら、本当の家族を探し求める。
作者:Vashti Hardy
出版社:Scholastic
出版年月:2024年6月
ページ数:341ページ
作者について
イギリスの児童文学作家。元小学校教員。2018年のデビュー作『BRIGHTSTORM』はWaterstones Children’s Book Prizeはじめ数々の児童文学賞にノミネートされ、2作目『WILDSPARK』は2020年のBlue Peter Book Awardsを受賞した。「BRIGHTSTORM」シリーズ、『CROWFALL』などの長編のみならず、ディスレクシアの読者のためにフォントや紙質を配慮した「THE GRIFFIN GATE」シリーズなど、さまざまな作品を精力的に発表している。
おもな登場人物
● ローズ:12歳の少女。人間。
● ヘスティア:ローズの母を名乗るアンドロイド。
● ノース:ヘスティアの家にいた小型犬。
● ハロ:ホログラムのネズミ。ルミネルの街のツアーガイド。
● ヴァレンティヌス:ルミネルのアンドロイドの代表者。
● ミンスキー:アンドロイドの僧侶。エイダの再来を信じている。
● フォックス:かつて人間と暮らしていた大型のキツネ型ロボット。
● ラビット:同じくウサギ型ロボット。ダンスが得意。
● マルドノ:フォックスとラビットがいる旅の一座の座長。
歴史上の人物:
エイダ・ラブレス(1815-1852):イギリスの数学者。父は詩人のバイロン男爵で、母は数学者。17歳のとき、チャールズ・バベッジ(1791-1871)の考案した世界初の自動計算機「階差機関」と出会い、夢中になる。バベッジとともにさらに複雑な「解析機関」の研究にたずさわり、世界初のプログラマーとして知られるようになった。エイダは、解析機関が計算だけでなく音楽などの芸術を生み出す装置にもなると予見していた。
あらすじ
※結末まで書いてあります!
2週間前、ローズは長い眠りから目覚めた。母親だと名乗る女性ヘスティアに見覚えはなかったが、それを言ったら自分の名前も覚えていない。過去の記憶がまったくないのだ。でも、犬のノースはローズにとても懐いていたし、ときどき見る森の夢にも出てきていた。だから、ローズはここが自分の家で、優しいヘスティアとノースが家族だと理解する。ところが、ヘスティアの寝室に行ったローズは、眠っている母の体に壁のコンセントからケーブルがつながっていることに気づいて愕然とする。ヘスティアは血のつながった母親ではなく、アンドロイドだったのだ! きっと、夢に出てくる森の家から、ローズをさらってきたにちがいない。ローズはノースをつれて家を飛び出した。
ヘスティアの家は、ルミネルという大都市の近くにあった。ローズはルミネルで助けを求めようとしたが、ここでも衝撃的な事実が待っていた。住民は全員大人のアンドロイドで、子どもはいない上に、人間は数百年前に絶滅したというのだ。ローズが人間の子どもだと知って住民たちは騒ぎ出し、ローズはひとめにつかない建物に逃げ込む。そこで出会ったのが、ハロという名前のホログラムのネズミだ。ハロはルミネルのツアーガイドだった。ハロはローズに街のしくみを説明しつつ、歴史博物館へと案内した。
ルミネルは、〈共同体〉というシステムに制御された街だった。ひとりひとり独立した生活を送っており、友人や家族という概念はない。食料も商店も必要なく、住民たちはシステムの開発やメンテナンスなどの作業で協力しないながら暮らしていた。市長はいないが、ヴァレンティヌスというアンドロイドが街の〈声〉として代表者を務めていた。また、アンドロイドたちは、人間の外見だけでなく、生活様式も真似をしていた。人間がそういうものに価値を見出していたと考えていたからだ。アンドロイドは、人工知能(Artificial Intelligence)から代替知能(Alternative Intelligence)へと進化し、代替知能は人間が遺した芸術作品も摸倣して作るようになった。そういった作品も、歴史博物館に展示されている。博物館の入り口には、人類最初のコンピューター・プログラマー、エイダ・ラブレスの像があった。エイダはAIの母として尊敬されており、一部の住民はエイダがいつか生まれ変わると信じていた。
ローズは博物館のなかでもアンドロイドではないと騒がれて逃げ出す。ハロとは離れ離れになった。ローズが地下を通って街に出ると、寺院の前に出た。ローブをまとった僧侶姿のアンドロイドがそのようすを見ていて、まさにエイダの再来だと感激する。ローズは話をあわせ、かくまってもらった。僧侶ミンスキーはローズに、『完全なる真実』という聖典を見せる。エイダが人類初のプログラミングをおこなった物語から始まり、人間の絶滅までの物語が収められていた。
住民たちからの通報を受けて、ヴァレンティヌスが寺院の扉をたたいた。ヴァレンティヌスはエイダの再来を信じておらず、人間の登場はむしろ脅威だと考えていた。人間は消費し、いままで築き上げてきたものを破壊するからだ。ローズは『完全なる真実』をつかむと、ふたたびあらわれたハロとともに裏口から逃げる。天文台に行き、望遠鏡で街の北を見ると、荒れ地の先に山脈があり、そのなかに緑の部分が見えた。ローズが探している森だ。
しかし、天文台からの移動中、ローズはヴァレンティヌスのパトロール隊につかまる。すぐに裁判が開かれ、ヴァレンティヌスの独断と偏見で進んだ。そこへ、思いがけないことにヘスティアがあらわれ、ローズの弁護をする。ヘスティアへの怒りは消えておらず、ローズは複雑な心境だった。ローズは有罪となり、独房に入れられたが、ハロとノースが助けにきた。その夜、ハロはローズのホログラムになって警備員の注意をひき、そのすきにローズとノースは逃げた。
あらかじめ決めていた場所でハロと落ち合うと、街の北端にある廃棄物再生工場へ向かった。ここでは壊れた機械だけでなく、旧型のアンドロイドやロボットも処理されている。工場の向こうには〈鉄屑の荒野〉と呼ばれる荒れ地が広がり、車や鉄屑などが捨てられていた。しばらく荒野を進むと、ルミネルからの電波が届かなくなってハロの姿が消えた。
〈鉄屑の荒野〉は、工場から逃げ出した旧型アンドロイドの隠れ家にもなっていた。逃亡者を捕まえるための回収ロボットも放たれていて、ローズも狙われるが、すんでのところでキツネ型ロボットとウサギ型ロボットに助けられる。ローズが事情を話すと、ふたりはしばらく考え込んだ。朝になったら山脈のふもとまで案内すると言って、ローズを自分たちのキャンプ地につれていく。そこでなんと、ローズは檻に入れられた。だまされたのだ!
キツネ型ロボットのフォックスとウサギ型ロボットのラビットは、荒野でアンドロイドたちに人形劇や踊りを見せて稼いでいる旅芸人だった。演目は「くるみ割り人形」や「マクベス」、「キャッツ」など、過去に人間が演じていたとされている芝居やミュージカルだ。座長のマルドノは、ローズで金儲けをしようと大々的に宣伝し、ローズを操り人形がわりにして手と足に紐をつないだ。
当然、翌日になってもローズは解放されず、連日舞台に立たされた。ローズはフォックスとラビットのようすを観察し、ふたりの心を開かせるには物語がいちばんだと考えて、過去を語らせた。ふたりは、一時期流行った、人間のための動物型コンパニオンロボットだった。廃棄されたまま何百年も経ったが、ヴァレンティヌスの手でよみがえり、博物館に展示された。しかし、最新型アンドロイドたちの好奇の目にさらされるのが耐えられず、逃げ出して現在に至るという。ローズは、〈鉄屑の荒野〉にいるかぎり、ヴァレンティヌスの支配からは逃げられていないと指摘する。ルミネルと対等な、〈鉄屑の荒野〉だけで独立した社会をつくるべきだと気づかせると、フォックスとラビットは乗り気になった。ふたりは檻をあけてローズを出した。
当初の約束どおり、山脈のふもとまで案内してもらうと、そこから先はローズとノースだけで森をめざした。ヴァレンティヌスのパトロール隊に追いつかれそうになったが、パトロール隊は森を恐れてして足を踏み入れず、ローズを見失ったとヴァレンティヌスに報告して帰っていった。
ノースは森を覚えているようで、嬉しそうに奥へと進んだ。ところどころ、人間が暮らしていたような形跡があり、割れたビンや空き缶が落ちていた。そしてついに、夢に出てきた家にたどりつく。ところが、家は完全に廃墟と化していた。ローズは打ちひしがれ、『完全なる真実』の最後の物語を開く。人間が進歩ばかりに目を奪われ、地球のことをかえりみないまま自滅の道をたどったという物語だった。ローズは本当に人類最後のひとりだったのだ。でも、いままでどこでどうやって生きていたのか、疑問は募るばかりだった。考え込んでいると、森の中を誰かがよろよろと歩いてきた。ヘスティアだ! ローズは思わず駆け寄って抱きしめた。
ヘスティアはローズに謝りに来たのだった。ほかのアンドロイドとはちがい、子どもが欲しかったヘスティアは、博物館のための遺物を発掘しているときに人間の骨を見つけ、そのDNAからローズをつくった。12年間、ローズは目を覚まさなかったが、脳の一部に代替知能を埋め込んだ翌日、目を覚ましたという。なぜ森の記憶があったのかは不明だった。また、ハロはローズの旅を助けるためにヘスティアが操作していたアバターだった。ノースは野良犬だったが、ある日ヘスティアの家までついてきてそのまま居ついたとのことだった。
ローズをつかまえに、ヴァレンティヌスが森の入り口にきた。ルミネルのアンドロイドたちや、フォックスとラビットも集まっている。しかし、真実を知った今、ローズは恐れずにヴァレンティヌスと対峙できた。ローズとヘスティアは、自分たちの物語を語る。そこに描かれているのは、アンドロイドが軽んじてきた、心と心のつながりの大切さ、家族の存在だった。
ふたりの物語は共感を呼び、その場で多数決が行われて、ヴァレンティヌスは〈声〉の地位を追われる。パトロール隊に連行されていくヴァレンティヌスの目に将来への不安を見てとったローズは、ヴァレンティヌスの額にキスをする。その不安はローズにも痛いほどわかったし、これから変わっていけると信じていたからだ。
森に残ったローズとヘスティアが廃墟の家に向かうと、ノースはさらに森の奥へと行きたがった。そのまま森の反対側までついていくと、そこにいたのはなんと人間の少年だった。ローズは最後の人間ではなかったのだ! チューリングという名の少年は、ノースのもともとの飼い主で、山の中の居住地に暮らしていた。そこには人間だけでなく、アンドロイドもいるという。ルミネルのアンドロイドは人間を嫌っているからと、ずっと関わりを絶っていたとのことだった。ローズとヘスティアは、チューリングに誘われて居住地へと向かう。ときどきは森の家を修理にいき、ルミネルの様子も見に行くつもりだ。こうしてひとつの物語が終わり、新しい物語が始まった。
評
記憶喪失の少女が目覚めたのは、アンドロイドしかいない世界だった――。人類が滅亡したとされる世界で、自分は誰か、家族とは何かを考えさせられるSFだ。
物語は、目を覚ましてから2週間経ったローズが、目覚めてからの日々を振り返る場面から始まる。ヘスティアは庭で植物を育てたり、ローズに勉強を教えたりと優しい母親だったが、時間には細かく、家のカーテンを開けることを禁じていて、ローズはどことなく違和感を覚えていた。そして2週間後、ヘスティアがアンドロイドだということがわかり、ローズはショックを受ける。何度も夢に出てくる森の家が本当の家にちがいないと、ヘスティアの家を飛び出すのだ。
しかし、ローズを待ち受けていたのはさらなる衝撃だった。ローズは本当に自分が人類最後のひとりなのか、あるいはルミネルの一部の住民が信じているようにエイダの生まれ変わりなのか、時に心揺れつつ、真実を求めてひたすら北を目指す。物語冒頭からどことなく不穏な雰囲気にひきこまれ、ひとめを避けて建物から建物へと移動していくようすは緊迫感があり、ページをめくる手がとまらない。ホログラムのため実体がなく、手伝えることに限界のあるハロや、素直でかしこい犬のノースの活躍も読みどころだ。犬を連れ、途中で不本意ながらも旅の一座に加わり、家族を探して波乱万丈の旅をする物語は、まるで未来の『家なき子』だ。
心と心のつながりの大切さや、家族のありかたと並んで重要なテーマとなっているのが、物語の力だ。物語の役割は、過去を語り継ぐことだけではなく、心に訴えかけ、心を動かすことでもある。なお、『完全なる真実』は、紙の本という体裁をとっているが、本を開くと内臓AIが内容を読み上げ、読み手の質問にも答えるしくみになっている。自分で読むだけでなく、だれかに読んでもらうことの喜びも描かれているのが興味深い。
さまざまな形の建物がならぶルミネルの中心部や、人間の営みへのあこがれと敬意がつまった歴史博物館、本物そっくりの毛皮が生えている動物型ロボットなど、未来の世界も想像力豊かに描かれている。アンドロイドたちの中には、ヘスティアやミンスキー僧侶のように植物を育てることに楽しみや人間との接点を感じる者がいて、ローズはそういう人たちが育てた食べ物に助けられる。また、聡明なローズに対して、「人間は思考回路が遅いと聞いていたのに」という発言があるなど、はじめて人間に接したアンドロイドたちの反応も面白い。
そして本書に欠かせないのが、実在した素晴らしい数学者たちの存在だ。エイダ・ラブレスとチャールズ・バベッジが構想を描いた解析機関は、ふたりの存命中には実現しなかった。長いこと評価もされていなかったが、100年ほど後の1940年代、汎用コンピューターが実現する頃になって、ふたりの理論の精度の高さが評価されるようになる。芸術にまで応用できるというエイダの発想は、まさに現代のコンピューターの基礎であり、最近のフェミニズムの流れもあって、エイダにスポットライトがあたる機会も増えている。なお、最後に出会う少年チューリングの名は、現代コンピューターの基礎をつくったと言われるアラン・チューリングから来ている。エイダを評価した数学者のひとりだ。本書をきっかけに、彼らの功績についてしらべたり、未来の世界を思いえがいてみるのも、本書の楽しみのひとつだ。
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