CROWFALL

12才の少年オーリンの住むアイロンホールド島では、すべてが機械化され、管理されているが、その中心にあるのは生命の樹アードだ。そして島の最高指導者ファードだけが、アードとの唯一の交信者だ。ところが、オーリンはフォージがアードの力を盗み、島を放棄しようとしていると知る。オーリンはフォージに追われ、相棒のロボット、コーディとともに海へ逃げる。やがて流れ着いた島で、冒険心に富む少女フェレリスと出会い、力を合わせてフォージに立ち向かう。

作者: Vashti Hardy(ヴァシュティ・ハーディ)
出版社:Scholastic Ltd.(イギリス)
出版年:2021年
ページ数:311ページ(日本語版は~350ページ程度の見込み)


作者について

イギリスの児童文学作家。元小学校教員。2018年のデビュー作『BRIGHTSTORM』はWaterstones Children’s Book Prizeはじめ数々の児童文学賞にノミネートされ、2作目『WILDSPARK』も2020年のBlue Peter Book Awardsを受賞した。ディスレクシアの読者のためにフォントや紙質も配慮した作品「THE GRIFFIN GATE」シリーズも発表している。

おもな登場人物

● オーリン・クロウフォール: アイロンホールド島に住んでいる12歳の少年。冒険好きだった祖母の影響で、海の世界へのあこがれが強い。
● コーディ: オーリンの相棒。作業用ロボットだったが、修理の際にオーリンがアードの実を動力源に使ったため、自分の意志で動き、話せるようになった。身長40センチメートルほどで、女の子の声で話す。
● ヴィダ・フォージ: アイロンホールド島の女性最高司令官。「コア」と呼ばれる10人の技術者集団のリーダーで、アードとの唯一の交信者。
● フェレリス: ナチュラ島の少女。両親を海でなくした。島を出ていきたいと思っている。
● ナラ:フェレリスのいとこの少女。
● タオ:ナラの父。ナチュラ島の長。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 アイロンホールド島は、島の中央にある生命の樹アードに支えられている。アードは太古から存在する神聖な生物で、枝や根を自由に動かすことができた。根は島じゅうに広がり、アードがなければ島は沈む。そのため、アードの地上部分はエンジニアリウムという建物ですっぽり覆われ、保護されていた。エンジニアリウムは島の中枢機関でもあり、女性最高司令官フォージを筆頭とする10人の技術者集団「コア」の拠点がある。フォージはアードの守護者でもあり、アードとの交信を許されている唯一の人間だった。
 島全体は機械化されていて、ロボットの製造地区や教育地区などに区分けされていた。農作物も栽培タワーで育てる。また、島の人々は、海にはアイロンホールド島しか存在しないと教えられ、島外の話をすることは禁じられていた。そのなかでオーリンの祖母はたびたび航海に出ては発見した島のことをひそかに書き残した。フォージが外部からの侵入と島からの脱出を防ぐために機械海獣センティネルを導入した際、祖母は海獣に襲われ、命を落とす。クロウフォール家は罰として犯罪者や貧しい人たちの住む西地区に追いやられた。オーリンは祖母のように好奇心旺盛で、祖母の手記を読んでは海の向こうにあこがれた。

 あるとき、オーリンはフォージがアードの樹液を抽出しているのを目撃する。フォージとコアのメンバーは樹液を飲んで若さと活力を保っていたのだ。長年にわたり樹液を搾取されたためアードは瀕死の状態だった。オーリンは、フォージがコアのメンバーとともにアイロンホールド島を捨て、ほかの島に移る計画を立てているのを盗み聞く。聞いているのがばれたオーリンは、相棒のロボット、コーディとともにボートに乗り、島から逃げだした。
 コーディはもともと作業用ロボットで、命令どおりにしか動かない設計になっていたが、オーリンが修理したときにアードの実を動力源に使ったため、自分の意思で動き、話せるようになっていた。オーリンの4分の1ほどの大きさで、丸い頭から2本の触角が生え、指先にはさまざまな工具が仕込まれている。翼もあって空を飛べたが、逃げるときにフォージにむしりとられた。
 どうにか海獣センティネルからも逃げ切ったが、岩礁でボートが割れ、オーリンとコーディは海に投げだされる。気を失い、目を覚ますと洞窟のような広々とした空間にいた。フェレリスという名前の少女が助けてくれたのだ。フェレリスは、ここはナチュラ島で、今いる場所はハート・ツリーの内部だと教える。ハート・ツリーはこの島のアードだった。しかし、アイロンホールド島のアードとはまったく違い、のびのびと枝をのばしていた。
 オーリンは許可なく島にやってきた不審者として、審議にかけられることになる。審議を行うのはハート・ツリーだ。頭上高くにあるハート・ツリーの枝を端から端まで歩き切れるかどうかで判断される。オーリンが島に留まることをハート・ツリーが認めるのであれば渡らせてもらえるし、認めなければ振り落とされる。オーリンは無事に認められ、島の住民も受け入れた。

 ナチュラ島は、アイロンホールド島とは正反対の島だった。全員がハート・ツリーを身近に感じて暮らしていた。作物はハート・ツリーの力で成長し、実をつけるので、島民はただ収穫すればいい。平等にいきわたるので、貧富の差もない。島民を代表する人間はフェレリスのおじのタオだが、ハート・ツリーが唯一の指導者としてあがめられ、朝晩には儀式がおこなわれていた。オーリンはボートの残骸を見つけたらすぐにでも修理してアイロンホールドに帰りたかったが、残骸は見つからなかった。実は、前々から島を出たいと思っていたフェレリスが隠し、ひとりで修理していたのだ。オーリンを助けたのも、海の向こうに興味があったからだった。フェレリスの両親は島の規則に反してボートで島を出たため、ハート・ツリーに罰せられて死んだのだ。
 フェレリスのようすがおかしいと感じたオーリンは、フェレリスのあとをつけ、ボートを見つける。信頼しはじめていたフェレリスに裏切られたと、オーリンは怒りをぶつけるが、島を出たいという気持ちは一緒だと思いなおす。島にあるボートは、あとひとつ。フェレリスのいとこナラのものだが、ナラはオーリンのことをずっと警戒していた。オーリンはナラの父であるタオにボートの使用許可を求めるが、ハート・ツリーがオーリンの滞在を許可したということは、島から出ることを禁じるという意味でもあると言われ、愕然とする。オーリンはフェレリスと逃亡計画を立てるが、ナラに聞かれていた。ハート・ツリーは修理中のボートを粉々ににぎりつぶす。夜、オーリンたちがナラのボートを盗もうとして海岸に向かったときも、森の木々が妨害した。
 身動きのとれなくなったオーリンは、森の木を通じてアードに話しかけた。すると、アードの声が心の中にひびいた。ナチュラ島のアードは、アイロンホールド島のアードの窮状を知っていた。世界じゅうのアードはつながっているのだ。ナチュラ島のアードは人間をおそれ、島民をがんじがらめにしていた。それではフォージと変わらないのでは、とオーリンが訴えると、アードはあやまちを認め、オーリンたちを解放する。ボート置き場にはナラがいた。実は、ナラと母親は何度も海に出ていて、海の恐ろしさを知っていた。だからこそ海に出ることを反対していたのだが、オーリンとフェレリスの決意が固いことを知り、手を貸してくれたのだ。

 オーリンとコーディとフェレリスは、海図をたよりにアイロンホールド島をめざした。危険と隣りあわせだが、さまざまな海の生物やサンゴ礁、巨大な亀の島に心を躍らせ、自由に航海できる日を夢見た。悲しい光景も見た。アードの命がなくなったため、海の底に沈んだ島だ。アイロンホールド島も同じ運命をたどるかもしれないのだ。
 いよいよアイロンホールド島に近づくと、機械海獣センティネルが港に係留され、技術者たちが荷物を運びこんでいた。センティネルは潜水艦にもなり、フォージとコアのメンバーはセンティネルで島を出ようとしていたのだ。オーリンは気づかれないように自分の家へ帰ると、両親と祖父にアードの危機とフォージの裏切りのことを話した。それから、証拠写真を撮り、全島放送で配信する計画を立てた。センティネルについては、電源が落ちている間に再プログラムする予定だ。
 オーリンとコーディとフェレリスは、誰もいないのを見計らってセンティネルに侵入した。コーディが再プログラミングをしようとして中枢部のパネルをあけると、アードの実が動力源に使われていた。コーディと一緒だ。作業にとりかかったとたん、センティネルが動きだし、オーリンたちはあわてて海へ飛び込む。すぐにフォージが駆けつけ、オーリンを捕らえた。コーディとフェレリスは気づかれなかったので、証拠写真を配信し、エンジニアリウムに閉じこめられたオーリンを救出した。フォージがアードから最後の樹液を抽出すると、島全体が崩壊しはじめた。島民たちは次々にボートで脱出し、フォージはセンティネルを呼びだす。ところがセンティネルはフォージに襲いかかり、フォージをくわえたまま沖に出て爆発した。オーリンはアードを救いたかったが、アードの命は完全に尽きていた。コーディは、自分の胸に埋め込まれているアードの実をはずし、新しい島に植えてほしいとオーリンに託す。コーディは動かなくなった。

 オーリンとフェレリスはコーディの体を運び、避難民とともにナチュレ島へ向かう。タオはこころよく歓迎した。オーリンが出ていってから、アードと人間の関係を見直し、考え方も大きくあらためていたのだ。ナチュレ島に残りたい人を残すと、オーリンとフェレリスはあらたな島で暮らしたい人たちとともに無人島へ向かった。コーディが残したアードの実を植え、オーリンを中心に新しい社会づくりがはじまる。島の名前は、始まりを意味する「ジェネシス」だ。
 1年後、オーリンは初めてできたアードの実をコーディの体に組み込んだ。オーリンの不安を吹き飛ばすように、以前のままのコーディが話しかけた。

 海を舞台にした冒険物語だ。閉ざされた世界から飛び出し、好奇心と冒険心で未知への恐怖を打ち破り、新しい世界を作る。エネルギッシュな作品である。
 大きなテーマとしては、オーソドックスな「機械と自然」だが、どうやって共存していくかに焦点を当てている。便利な機械や技術の恩恵が大きいなかでも、自然への畏敬の念を忘れずにいる。まさに現代の暮らしを反映しているが、どんな未来をつくりたいのか、あらためて考えるきっかけをつくってくれる作品だろう。アードは世界樹や映画「アバター」に登場する「魂の木」のように人々の暮らしと心の支えであるが、島ごとに1本というスケール感が新しい。まずは身近なところから考えていこう、そんなメッセージがうかがえる。
 オーリンもフェレリスも好奇心旺盛で、冒険心豊かだ。それぞれ、海に出ることが禁じられている島に暮らし、大事な家族を海で亡くした過去があるにもかかわらず、冒険へのあこがれは抑えられない。オーディは植物にも興味があり、岩や鋼板の隙間から芽を出した植物を保護し、栽培タワーに売って生活費の足しにしていた。本書のタイトルでもあるオーリンの名字「クロウフォール」は、オーリンの先祖が島からカラスを駆除した功績をたたえて与えられた名前だが、島からカラスがいなくなって本当によかったのか、とオーリンは思い悩む。そしてジェネシス島にはカラスが訪れることを期待する。
 そして物語に欠かせないのが、オーディの相棒であり、ときには保護者のようにふるまうロボットのコーディだ。スター・ウォーズのR2-D2やBB-8のような愛嬌があり、表情豊かだ。翼を失ってからは、いそいで逃げるときにオーリンの首にしがみついたり、機嫌を損ねると単純作業用ロボットのように「リョウカイ」と答えるだけだったりする。一方、人間の感情爆発を冷静に見ていて、自分の動力源であるアードの実を差し出すときも、状況を冷静に判断している。コーディは女の子(代名詞she)というのもポイントだ。ヴァシュティ・ハーディの今までの作品には必ず、機械に強い女の子が登場する。いまだに男子が多い理系の世界だが、女の子たちにもどんどん活躍していってほしい。まずは興味を持つことであり、理系の女の子が活躍する作品を読むことがその一助になるよう、願っている。
 コーディが動かなくなる前に残す、「大丈夫。ぜんぶうまくいくよ」というセリフも心に残る。未来は誰にもわからない。大事なのは怖がらずに一歩踏み出すこと、希望をいだくことだ。そうやって背中を押してくれる、あたたかい作品である。

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