COGHEART

全寮制のフィニシングスクールに通うリリーに、父が行方不明になったという知らせがはいった。家に帰ったリリーは、時計職人の息子ロバート、ぜんまい仕掛けの機械動物マルキンとともに、父を探して奔走する。やがて、リリーはいままで知らなかった自分の過去、そして大きな秘密と向き合うことになる。

作者:Peter Bunzl(ピーター・バンズル)
出版社:Usborne Publishing Ltd.(イギリス)
出版年:2016年
ページ数:362ページ(日本語版は~400ページ程度の見込み)
シリーズ:全4巻(既刊)


おもな文学賞

・ウォーターストーンズ児童文学賞ショートリスト (2017)
・ブランフォード・ボウズ賞ショートリスト (2017)
・Awesome Book Award(新人児童文学賞)受賞 (2018)
・カーネギー賞ノミネート (2018)

作者について

イギリスのロンドン在住の作家・映画監督・アニメーター。子ども向けのテレビ番組でBAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)賞を受賞した実績もある。デビュー作の本書は、数々の児童文学賞に名を連ねた。

おもな登場人物

●リリー・ハートマン:13歳の少女。全寮制のフィニシングスクールに通っているが、父が行方不明になったという知らせを受けてブラッケンブリッジの屋敷に帰る。母は7年前に交通事故で死んだ。事故のあと、ふだんはリリー・グランタムを名乗っている。
●ロバート・タウンズエンド:13歳の少年。代々続く時計職人の息子だが、不器用でコンプレックスを感じている。幼いころ母が家を出て行ったため、父とふたり暮らし。
●マルキン:ハートマン教授がリリーのために作った機械動物(メカアニマル)のキツネ。本物のような柔らかい毛皮に覆われている。人間の言葉を話す。
●ハートマン教授:リリーの父で、優秀な技術者。シルバーフィッシュ教授と共同研究を行っていたが、7年前の事故のあと交流を絶つ。
●シルバーフィッシュ教授:リリーの名付け親。ハートマン教授の共同研究者だったが、体調を崩し療養生活を送っている。機械の心臓補助装置をとりつけたハイブリッド。
●マダム・バーディグリス:リリーの家の家政婦。
●アナ・クイン:新聞記者で、ハートマン教授の失踪事件を追っている。飛行船レディバード号でリリーとロバートを助ける。また、ホラー作家でもある。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 全寮制のフィニシングスクールに通うリリーに、父ハートマン教授の飛行船が墜落したという知らせが入った。教授は行方不明。迎えに来た家政婦のマダム・バーディグリスとともに、リリーはブラッケンブリッジの屋敷に帰った。
 ブラッケンブリッジ邸に着いたリリーは、ぜんまい仕掛けの機械人間(メカニカル)の使用人たちから事情を聞いた。事故の知らせが入ったとたん、マダム・バーディグリスはメカニカルのぜんまいを巻かなくなったり、教授の書斎をあさったり、怪しい行動を始めたらしかった。
 弁護士のサンダースさんとシルバーフィッシュ教授が来た。教授はリリーの名付け親で、子どもの頃はよく遊んでもらっていたが、7年前に母が交通事故で死んでからはずっと会っていない。サンダースさんは、機械の権利はすべてリリーのものになるが、莫大な研究費で多額の借金が残っているため、権利はすべて売った方がいいと言う。これにはリリーだけでなくシルバーフィッシュ教授も驚いた。教授は、なにかあれば連絡するようにと名刺を残して帰った。
 その夜、リリーはちいさい頃から繰り返し見ている夢を見た。夏のビーチで母と石を拾う場面と、家族で乗っていた車に正面からスチームワゴンが激突する場面の夢だ。翌朝、夢のなかの「秘密はいつも中心にある」という母の言葉と、父が大事にしていた紫檀の箱を思い出し、書斎の金庫から紫檀の箱を出した。そのことに気づいたミセス・バーディグリスは、勝手に箱を持ち出すな、永久運動装置が見つかるまでは外に出るなと騒ぐ。"永久運動装置"が何かわからないが、リリーは部屋に閉じ込められた。

 ブラッケンブリッジ邸の近くの時計店で見習いをしているロバートは、メカアニマルのキツネを見つけた。ぜんまいは完全に切れている。仕事部屋に運んで父と調べてみると、非常に精工な作りで、有名な技術者のハートマン教授が作ったものだと思われた。そのハートマン教授が、実は近所に住むグランタムさんのことだと知り、ロバートは驚く。修理は難航したが、部品の微妙なずれを見つけて直すと動き出した。キツネはマルキンと名乗り、リリーを連れてきてほしいとロバートに頼む。ロバートはブラッケンブリッジ邸に行き、リリーは紫檀の箱とシルバーフィッシュ教授の名刺を持ち、ミセス・バーディグリスの目を盗んでロバートの家に逃げ込んだ。
 マルキンはハートマン教授といっしょに飛行船に乗っていたが、銀色の飛行船におそわれ、教授がマルキンを逃がしたのだった。マルキンは教授からあずかった手紙をリリーに渡す。銃弾の穴があいて読めないところもあったが、母が殺されたのも(あれは事故ではなかった!)、名前を変えて暮らすことになったのも、鏡を目に埋め込んだハイブリッドの男たち、ミスター・ローチとミスター・モールドのせいだとわかった。ハートマン教授が行方不明になってから、リリーもロバートも鏡の目の男たちを見かけ、怪しいとは思っていた。
 ロバートの父が永久運動装置のことを教えてくれた。動力がなくても永遠に動き続ける機械だという。シルバーフィッシュ教授はハートマン教授の共同研究者だったが、方向性の違いで決別したとのことだ。ハートマン教授は感情をもった機械づくりをめざし、シルバーフィッシュ教授は実用性と稼働年数を重視した。リリーはシルバーフィッシュ教授の助けを求めてロンドンに行くことにする。ロバート親子も一緒に行くと言ってくれたが、夜中にローチとモールドに襲われ、ロバートの父は命を落とす。リリーとロバートとマルキンは天窓から屋根を伝い、森へ逃げた。ハートマン教授の飛行船の墜落現場に寄ると、ドライブレコーダーが見つかった。ちょうど居合わせた新聞記者アナ・クインの飛行船レディバード号で再生すると、永久運動装置のありかを教えろと言うローチの声と、拒否するハートマン教授の声が入っていた。教授の悲鳴が聞こえ、レコーダーは停止した。
 アナ・クインはそのままリリーたちをロンドンまで乗せてくれることになった。途中、ローチとモールドの飛行船べへモス号に襲われるが、どうにか逃げ切る。シルバーフィッシュ教授の屋敷に着くと、リリーがぽつりと言った。
「わたし、ここに住んでた」
 屋敷に見覚えがあったのだ。 

 教授の屋敷には動物は入れてもらえなかったので、マルキンは外で待ち、リリーとロバートが中に入った。シルバーフィッシュ教授はふたりをあたたかく迎えた。リリーは今までのできごとを話し、シルバーフィッシュ教授は7年前のことを話す。当時、心臓病を患っていたシルバーフィッシュ教授のために、ハートマン教授は機械の心臓、コグハートを作ると約束した。ところが完成したとたん、これは渡せないと言い出した。その日の夜、自動車事故でリリーの母が死に、ハートマン教授はコグハートを持って姿を消した。シルバーフィッシュ教授は療養のために大陸へ引っ越し、最近この家を買った。
 買ってよかった、と言うシルバーフィッシュ教授の手には、紫檀の箱の鍵が握られていた。ハートマン教授とリリーを狙っていたのはシルバーフィッシュ教授で、ミセス・バーディグリスが共謀していたのだ。
 リリーから箱を受け取り、ふたを開けると教授の表情ががらりと変わった。中に入っていたのはコグハートではなく、たくさんの写真と結婚指輪、化石が埋め込まれた石――家族の想い出の品々だった。この屋敷の前でリリーと両親が写っている写真もあった。
 怒り狂ったシルバーフィッシュ教授は、地下に監禁していたハートマン教授をリリーに会わせ、1時間以内にコグハートのありかを言わなければリリーを傷つけるとおどす。リリーとロバートは石炭庫に閉じ込められるが、マルキンを呼んで脱出し、屋敷に忍び込む。ブラッケンブリッジ邸のメカニカルたちも捕まっていたが、ぜんまいを巻いて起こし、みんなでハートマン教授を助け出した。ベへモス号に乗り込もうとした瞬間、シルバーフィッシュ教授が発砲し、リリーが撃たれる。ハートマン教授はリリーを抱きしめてさけんだ。「心臓よ、銃弾に負けるな…!」
 リリーの心臓は、生身の心臓ではなかった。7年前、事故で瀕死の重傷を負ったリリーに、ハートマン教授はコグハートを埋め込んだのだ。
 ベヘモス号はシルバーフィッシュ教授とローチとモールド、そしてハートマン教授とリリーを乗せて飛び立つ。ロバートとメカニカルたちは、アナのレディバード号で後を追った。追いつくと、ロバートはベヘモス号のステアリングケーブルを切り、ベヘモス号はビッグ・ベンに突っ込む。ビッグベンに飛び降りての攻防のすえ、シルバーフィッシュ教授は時計台の内部に転落した。

 リリーたちはらせん階段を下り、救急車で病院に運ばれた。飛行船との関係については何も言わないことにした。ブラッケンブリッジに帰る日、ハートマン教授はロバートに、息子として迎え、機械のことを教えたいと伝える。レディバード号もブラッケンブリッジ邸の庭を拠点とし、冒険したいときは自由に出かけられることになった。
 日常生活がもどった。しかしひとつだけ変わったことがある。真実を知ったこと――永遠に続く鼓動が、いいのか悪いのか分からない。でも、リリーにとってはかけがえのないものだった。

 ヴィクトリア朝時代のロンドン(挿絵には1896年と明記)を舞台にしたスチームパンクであり、かつ丹念に構成されたミステリーだ。リリーの場面とロバートの場面が交互に語られ、スリリングに展開する。飛行船でロンドンを飛び回り、最後にはビッグ・ベンに突っ込むという大胆さは純粋に面白く、「生命と機械」というシリアスなテーマとのバランスをとっている。
 メカニカルもメカアニマルもぜんまい仕掛けだが、自分の意志で考えたり行動したりする。そんな機械に囲まれて育ったリリーは、彼らに対して自然に愛情を注ぎ、生身の人間や動物と同じように接する。もちろんこれに対し、メカニカルたちを「モノ扱い」するキャラクターもいる。SFの黎明期からAI時代になっても変わらない「機械は感情をもつのか」「永遠の命は手に入れられるのか」といったテーマを盛り込みながら、家族の愛、きずなも描き、深みのある作品となっている。永遠に鼓動を続ける“コグハート”をめぐる物語で、"Heart"という言葉自体がキーワードだ。本書はリリーとロバートが人生の“Heart”を見つける物語とも言えよう。
 また、リリーはホラーを読むのが好きだが(作者の趣味でもある)、好きなホラーシリーズの作者が実はアナだったり、ロバートは高所恐怖症だがリリーとの冒険で否応なく高所を経験するうちに苦手を克服する、などといった各キャラクターのディテールも描きこまれている。また、メカニカルはメカニカル特有の感嘆表現を使い(“Clockwork and click-wheels!”、“Cogs and chronometers!”など)、独特の世界が築き上げられている。
 数々の児童文学賞にも取り上げられており、評価の高い作品をぜひ日本にも紹介したい。飛行船が活躍する本書は、『天空の城ラピュタ』になじみのある日本の子どもたちには受け入れられやすいだろう。また、子どもだけでなく、幅広い年齢層の読者が楽しめる作品である。

シリーズ紹介

第2巻 MOONLOCKET
ロバートは幼いころ家を出た母のゆくえを探す。新聞広告も出したが反応はなく、何かの事情で姿を隠しているようだった。その頃、刑務所から脱走した大泥棒ジャック・ドアがロバートの住んでいた時計店に忍びこむ。探していたのは、時計店に巧みに隠されていた首飾り“ムーンロケット”。ロバートはムーンロケットを胸に、母を探してロンドンに向かう。リリーとマルキンも一緒だ。次第に、ロバートも知らなかった過去が明らかになっていく。

第3巻 SKYCIRCUS
ブラッケンブリッジにサーカスがきた。リリー、ロバート、マルキンは1回限りのショーに招待される。そこでは機械の翼をもつ少女や、ロブスターのハサミをもつ少年といったハイブリッドが見せ物にされていて、リリーは胸騒ぎを覚える。不安は的中し、そのままサーカス団にさらわれてしまった。コグハートの秘密をさらされるのを阻止すべく、リリーたちは必死の脱出を試みる。

第4巻 SHADOWSEA
ハートマン博士、リリー、ロバート、マルキンは、新年をニューヨークで迎えることになった。ロバートの母と妹も合流する。ニューヨークのホテルで、リリーたちは不思議な少年デーンと出会う。やたらと過保護なおばの目をかいくぐり、デーンはリリーたちに助けを求めた。両親が海底研究所の事故で亡くなったのだが、どういう事故だったのか、なぜ自分は生き残ったのか、一緒に真相を突き止めてほしいというのだ。海底にもぐったリリーたちは、恐ろしい実験のあとを目にする。死者をよみがえらせる実験だ。


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