The Mask of Aribella

舞台は18世紀のベネチア。漁業とレース産業が盛んで、総督(ドージェ)が治めていた。同時に、カノヴァッチと呼ばれる、特別な力を持ち、華麗なベネチアンマスクをまとった人々が邪悪な力から町を守っていた。13歳の誕生日の前日、カノヴァッチの力が目覚めたアリベラは、戸惑いながらも力を受け入れ、仲間とともに死者の復活を阻止する。ファンタジーとミステリーが見事に絡みあった、色彩豊かな物語。

作者:Anna Hoghton(アンナ・ホートン)
出版社:Chicken House Ltd(イギリス/サマセット)
出版年:2020年
ページ数:288ページ(日本語版は~300ページ程度の見込み)
ジャンル・キーワード:ファンタジー、ミステリー、家族


おもな文学賞

・ノース・サマセット教員図書賞受賞 (2020)

作者について

イギリス西部の港湾都市ブリストル在住。脚本家、ディレクター、詩人、トラベルライター、シナリオコピーライターなど、さまざまな顔を持つ。映像分野のライター、ディレクターとしての受賞歴多数。小説は本書がデビュー作。

主な登場人物

● アリベラ:主人公の少女。母は10年前に亡くなり、レース職人の父とふたりで暮らしている。13歳の誕生日の前日、カノヴァッチの力が目覚め、指先から炎を出せるようになる。
● テオ:アリベラの幼なじみ。母は病気で亡くなり、父とふたりで漁師をしている。13歳の誕生日に自分の釣り舟を手に入れた。
● セフィ:アリベラと同い年のカノヴァッチ。動物の言葉を話す。アリベラとは動物好き同士ですぐに意気投合する。
● ロドルフ:星読みのカノヴァッチ。アリベラを探しだし、カノヴァッチとして指導にあたる。ブラッドムーンの凶兆を訴え、死者の復活を食い止めるべく奮闘する。
● ウルスラ:人の心を読むカノヴァッチ。
● ツィオ:10年前に殺されたカノヴァッチ。衝撃的な事件で、いまだに密かな噂が絶えない。
● クララ:10年前にツィオを殺し、姿を消したカノヴァッチ。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 ベネチアにある多くの島のひとつ、ブラーノ島で、アリベラは父とふたりで暮らしていた。10年前に母が亡くなって以来、レース職人の父は悲嘆にくれ、家に閉じこもったままだ。母の話を避け、名前すら教えてくれない。明日はアリベラの13歳の誕生日だ。13歳はおとなへの第一歩だと考えられていたが、まだ自分が何をすべきか分からないでいた。幼なじみのテオは漁師を継ぎ、誕生日に釣り舟を知り合いから譲ってもらっていた。テオと一緒に魚市場に行くと、いじめっ子のジャンに絡まれ、父が母を殺したんだろうと言われる。かっとなったアリベラの指先から、炎が噴き出した。ジャンは「魔女だ!」と叫び、まわりの人も騒ぎ出した。アリベラは逃げた。宮殿には〈ライオンの口〉と呼ばれる投書箱があり、絶対に自分が密告されると思ったからだ。
 日が暮れる頃に家に帰ったが、やはり兵士がきた。父のいる1階で激しい物音がするなか、2階にいたアリベラは助けにきたテオとともに窓から屋根を伝って逃げる。テオの釣り舟で安全な場所を探していると、濃い霧の隙間からブラッドムーンと呼ばれる真っ赤な月が見えた。この月が出ると、死者がよみがえるという言い伝えがある。そのとき、骸骨の頭のようなものが現れ、テオに襲いかかった。憤ったアリベラの指先から再び炎が噴き出し、骸骨は逃げ去った。黒いゴンドラが近づいてきて、仮面をつけた男の人が助けてくれた。ロドルフと名乗り、アリベラの名前を知っていた。意外なことにアリベラの話も信じ、テオの傷に効く唯一の秘薬だといって小瓶をくれた。そして気を失ったままのテオを玄関先まで届けると、アリベラをハーフウェイ・ホテルに連れていった。いまにも崩れそうな古い建物で無人に思えたが、中に入ると豪華絢爛なロビーに変わり、受付の女性ローザが温かく迎えた。床にはライオンが寝そべっていた。ニメリアという名前で、〈ライオンの口〉に入れられた紙の複写を吐きだす。そのなかに、特別な力を持つ「カノヴァッチ」の名前が含まれていることがあるからだ。アリベラの名前もあったので、ロドルフが探しにきたのだ。カノヴァッチは特別な力でベネチアを守る秘密の存在で、ニメリアはベネチアに危険が迫ると警告するという。アリベラは何がなんだかわからなかったが、夢のようなホテルと不思議な話に惹かれつつもあった。
 翌朝、朝食のビュッフェでは同い年の友だちができた。動物と話せる少女セフィ、壁をすり抜ける少年フィン、時間を止めることのできる少女ヘレンだ。ハーフウェイ・ホテルはカノヴァッチを訓練するための場所で、13歳で力が目覚めた子どもが入る。各自の力にふさわしい魔法の仮面を作り、力の扱い方を学ぶ。仮面をつけると、必要に応じて姿を見えなくすることもできた。アリベラのように〈ライオンの口〉経由でくる人は長いこといなかったらしい。18歳で訓練を卒業すると年長者会に所属する。朝食後、アリベラは年長者会で昨夜のことを話した。星読みであるロドルフは、凶兆が現れているから秘薬をもっと作るべきだと主張するが、リーダー格のヤコポは死霊が1体出ただけで騒ぎすぎだと反対する。ロドルフがツィオの名前を出すと、場は騒然とした。ツィオは邪悪な力を得ようとしたカノヴァッチで、10年前、同じくカノヴァッチのクララに殺されたはずだった。ロドルフはずっと、ツィオはどこかに潜んでいると考えていた。年長者会のあと、アリベラはウルスラという年長者に連れられて仮面工房へ行った。人の心を読むことができるカノヴァッチだ。薄暗い工房へひとりで入ると、形もデザインもさまざまな仮面が並んでいた。火を操るカノヴァッチは数百年ぶりだったので、仮面職人も新しい仮面作りに気合いが入った。ところが、棚の上から落ちてきた仮面をアリベラが受けとめると、仮面職人は血相を変えた。いったん触った仮面はその人の物になるというのだ。しかしこの仮面は他の見事な仮面とはちがい、醜く、頬は深い傷でえぐれている。アリベラはみじめな気持ちでホテルに帰った。
 ロドルフはアリベラの父の釈放をドージェに願い出ると約束していたが、病気療養中のドージェの容態が悪化したという噂が流れた。ブラッドムーンとの関連はわからないが、アリベラとセフィがロドルフに相談しにいくと、ロドルフとヤコポは口論していた。勝手な発言や行動を続けるなら仮面を剥奪すると言われたロドルフは、ドージェへの連絡をアリベラとセフィに託す。ふたりはロドルフのゴンドラを借り、仮面をつけて姿を消して宮殿へ向かった。無事に宮殿に侵入できたが、アリベラの仮面がちくちくしてきたので外した瞬間、兵士に見つかった。「何の騒ぎだ」と声がして振りかえると、ダイヤモンドをちりばめた仮面をしたドージェ本人がいた。ロドルフからの使いだと言うと部屋に案内された。ドージェはアリベラの願いを聞き入れ、アリベラの父を釈放することと、夜は危険なので外出しないよう住民に警告することを約束した。
 アリベラとセフィは正式な許可を得ずにホテルから出た罰として、図書館の蔵書整理をさせられた。フィンも手伝った。「黒本」という危険な魔法の本がツィオに貸し出されたままだと判明するが、カノヴァッチが死ぬと部屋は魔法で片づき、貸出中の本も図書館に返されるはずだった。まだ返却されていないということは、ツィオが生きていて、部屋も残っている可能性がある。ヘレナに時間を止めてもらって地下を調べると、荒れ放題の部屋に黒本が隠されていた。時間を動かしてもらった直後、仮面職人がロビーに飛びこんできた。死霊に首を噛まれたのだ。すぐに薬師マルケサの部屋に運ばれたが、秘薬は準備できていない。アリベラはテオに使った秘薬がわずかに残っていたので持っていったが、仮面職人が手足を激しくばたつかせていたので、はたき落とされてしまう。仮面職人はアリベラをクララと勘違いし、禁じられた仮面を作ってしまったと、さかんに謝った。どうしたらいいのかわからないのでアリベラがうなずくと、仮面職人は満足したように落ちつき、そのまま息を引き取った。ニメリアがなにも警告しなかったのも不思議で、このままではベネチアが危なかった。マルケサの薬草庫から眠り薬の材料がごっそりなくなっており、だれかがニメリアに眠り薬を飲ませていた可能性が高かった。
 翌朝、朝食の席でウルスラはアリベラを気づかい、ゴンドラの使用許可をくれた。黒本からは、〈ベネチアの仮面〉という強力な仮面があることが分かった。ライオンの顔を模した伝説の仮面で、所有者は生者の世界と死者の世界を自由に行き来できる。そしてブラッドムーンのとき、死者の島で力が最大限に発揮され、境界を完全に崩す。おそらく仮面職人はこの仮面を作り、クララが島に隠したのだろう。死者の島はブラッドムーンのときだけ現れる。その夜、ブラッドムーンがのぼり、アリベラとセフィはウルスラのゴンドラで死者の島を探しにいった。ブラーノ島の沖で、釣り舟に乗ったテオに遭遇したが、アリベラは事情を話せず、テオは憤りと悲しみをぶつける。そのとき、一艘のゴンドラが近づいてきて、アリベラは頭をなぐられ、水中に落ちた。セフィが飛びこんで助けたが、ウルスラのゴンドラは転覆し、アリベラの仮面がなくなっていた。テオもいない。セフィが2頭のイルカを見つけてきたので、セフィは危険を知らせにホテルにもどり、アリベラはひとりで島に向かった。丘の上の廃墟に行くと、中庭にテオが横たわっていた。首には死霊の噛み傷があったが、息はしている。「アリベラ?」と声がして振り向くとウルスラがいた。ほっとしたのもつかの間、どうやってここにきたのかと険しい声で言われ、いままで裏で動いていたのはウルスラだと気づく。そしてもうひとり現れたのはなんと、ダイヤモンドの仮面をつけたドージェだった。10年前、クララにおびき出されて死の島にきたツィオは、〈ベネチアの仮面〉を手に入れたものの、島が消えるのと同時に魂と肉体が切り離された。魂だけが逃げ、ドージェに取り憑いていたのだ。長い年月をかけ、肉体もツィオのものになる日が近づいていた。ドージェはもうひとつの仮面を取りだした。アリベラの仮面だ。そのとき、アリベラの子どもの頃の記憶がフラッシュバックした。母に連れられていった仮面工房で、ライオンの仮面を見たのだ。そのときから、〈ベネチアの仮面〉はアリベラのものでもあった。ウルスラはこのことを知っていて、死の島にアリベラを向かわせたのだ。ツィオが仮面をつけると、醜い仮面は黄金色のライオンに変わった。何百もの死霊が現れ、役目を果たしたウルスラは襲われた。そのとき、ツィオの背後から黒ネコのルナが現れた。アリベラとテオがかわいがっている野良ネコで、ホテルにもよく来ていた。ルナはツィオの仮面の紐を掻き切り、仮面をアリベラの足もとに届けた。仮面をつけたアリベラは、炎で死霊を撃退した。仮面のなかでツィオとアリベラの力がせめぎ合い、仮面は真っ二つに割れた。ツィオの魂は敗れ、ドージェの朽ちかけた顔が元の優しい顔にもどった。空には翼の生えたニメリアに乗ったセフィとフィンが、海岸にはロドルフがきた。テオとドージェをゴンドラに運び、ルナを探すと、廃墟から美しい仮面の女性がルナを抱いて出てきた。仮面をはずした顔は、誇りに満ちあふれていた。アリベラの母、クララだ。いままでずっと、ルナの体を借りてアリベラを見守っていたのだ。
 テオは家に、ドージェも宮殿に無事に送り届けられた。アリベラの父はすぐに釈放され、アリベラとクララと涙の再会を果たした。テオにはウルスラのゴンドラを贈り、セフィやフィンも一緒に遊ぶようになった。仮面職人を継いだクララは、アリベラに新しい仮面を作った。金、赤、橙の炎をモチーフにした美しい仮面だ。新しい仮面をつけながら、アリベラはカノヴァッチの仲間や家族、テオのことを思い、ベネチアという自分の居場所を強く感じるのだった。

 水の都ベネチアを舞台に、ファンタジーとミステリー、そして成長物語が見事に絡み合った作品だ。ベネチアはいくつもの小島が浮かび、ただでさえ幻想的で謎に満ちているが、海や町の情景や、驚異に満ちたハーフウェイ・ホテルの描写が素晴らしく、イメージするだけで魔法にかけられたような気分になる。アリベラが育ったブラーノ島はカラフルな壁の家が並んでいることで有名で、華やかなベネチアンマスクと相まって色彩豊かに物語は展開する。映像関係の実績も多い作家ということで、映画を見ているような描写のすばらしさは大いに納得できる。
 個人個人の魔法の力だけでなく、魔法の歌で動くゴンドラや、おいしい香りがただよってきそうな朝食ビュッフェも魅力的だ。さりげなく、「字を読めることが最大の魔法であり、最も力のあること」だと、字を学ぶ大切さも伝えている。また、10年前の事件がカギとなっており、その真相に迫るミステリーも緊迫感があり、ドラマに満ちている。
 幼いときに母を亡くし、将来に不安を抱いていたアリベラは、戸惑いながらも期待をこめて新しい力を受け入れる。ツィオを倒せたのは、アリベラの力のほうが強かったからだけではない。自分の力を信じ、支えてくれる仲間を信じ、勇気を持って立ち向かったからだ。そして母もカノヴァッチであることを知り、自分の力にも居場所にも、心から納得する。アリベラと同じ多感な年頃の読者に、自分にはどんな力があるのか、考えるきっかけを与えてくれるだろう。





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