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裏方のみんなの、ほろ苦いあれこれ。【美術館再開日記6】

「作品のない展示室」開幕まであと1週間、いろんなことが大詰めだった。「人と美術館の関わり方のこれから」、というテーマに関心がある私には、忘れがたい、ほろ苦さも混じるようなことがたくさんあった。「人」とは今回の場合、ほぼ裏方である。足繁く通ってくれていたボランティアのおっちゃんや、展示室を見守る監視スタッフの声。館内をピカピカにしてくださるお掃除の方々。あとは展示室の施工(それなりに準備は必要だったのだ)直前に発覚した「どうしよう」なことなど。

美術館再開19日目、6/24。旅に出るよというボランティア。

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朝、職場へと公園内を歩いていたら
ひさびさにボランティアの方に会う。
ごましお頭のやんちゃなオッチャンである。
コロナ前までは、週に数回やって来て、
子どもたちの案内をしていた。

わー半年ぶり!少し話し込むうち、
「今年はさあ、俺、活動やめるよ」。

だって禁止事項ばっかりじゃない?
それじゃあ子どもたちと楽しく回れないよ。
それに俺、健康リスクもあるしさ。
(でもマスクしてないじゃないですか、とすかさず突っ込むがスルーされる)
まあ、だから、しばらくはねー。

そういうふうに、
しばらく美術館の活動から距離をおこうと
考えている人が少なくないらしいことは、
小耳に挟んでいた。
区立小の4年生が全員来る恒例行事も、
区から早々に中止の通達が来ていた。

そっかあ…まあね、ちょっとの間ね。
でもこうやって朝会えるしね、
と返す途中で、やんちゃさんが続ける。

俺ね、バカだって思われそうだけど、
軽トラ買っちゃったの。旅に出よっかなって。

だってほら、女房も死んじゃったしさ。
軽トラあればちょいちょいって荷物積んで、
気ままに旅できるじゃない?
まず東北行って、北海道に渡ろっかなって。
英語ができりゃー外国に行くんだけどさあ。

えっ、奥さん…と言いかけたが
やんちゃさんはスルーして軽トラについて
話し続ける。
コロナのせいでまだ届いてないらしい。

平日の今日は来場者もまばら。
閉館30分前、館内を回ってたら
金髪にした若い男の子がずーっとソファで
スマホをいじっていた。

美術館のボランティア、といっても館によって雰囲気はそれぞれだ。当館の場合は(愛情を込めてあえて乱暴な言い方をするが)、「そのへんの人たち」である。男性の割合が高い(これはわりと珍しい)。区内の公立小学校4年生が全員来館する「美術鑑賞教室」という行事で、この日記に書いたようなおっちゃんが、これまで何人も活躍してきた。もちろんおばちゃんもである。若者もいる。作品解説はしない。登録者の数は500人ほど。
と紹介すると大概「50人じゃなくて??」と聞き返されるが、500人である。年に1回だけ来る人もいれば毎日のように来る人もいる。濃い淡い、それぞれの関わり方をしている。コロナの今はこんな活動をしている。夏休みは終わったが週末に同じことを続けている。


美術館再開22日目、6/26。久々に鉄扉を開けたら、歓声が。

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1階展示室の大理石&木の床を、半年ぶりに
清掃業者に磨いてもらう。のだが、
臨時休館中、使わない大きな什器だの
看板だのをあれこれ詰め込んであったので、
作業前にみんなで慌てて引っ張り出すことに。

夕方、長らく閉じていた鉄扉を開けて、
わっしょいわっしょいと荷物を出していると、
2階のコレクション展示室での仕事を終えた
監視スタッフたちが、チラチラと覗きにくる。

わー、ひさびさに開きましたねー、ここ。
わー、やっぱりきれいねー。
楽しみねー。

わっしょいをいったんやめて眺める。
そうか、そうだね、久々だったね。
ずっと閉じてたんだった。
監視スタッフは、自分たちのなじみの
持ち場に、ずっと入れずにいた。
彼ら彼女らの場所が奪われていたのだった。

来週には開くからね。
なんもないけど(ソファは置くけど)。

※美術館の清掃について。大掛かりな床磨きは特別な清掃業者の仕事だが、その床の美しさを維持しようとし、その他隅々まで日々の館内のメンテナンスをするのは、レギュラーのお掃除チームの皆さんである。このチームの苦労はふだんほぼ目に見えない。でも「作品のない展示室」は彼ら彼女らの仕事を、ある意味で可視化した。SNSで見つけたとある来場者のコメントに、磨き抜かれた床をまじまじと見つめて「この展示はお掃除の人たちが作ったものだと言えるのかもしれない」というのがあり、よくぞ思いを至らせてくださったと感動したものである。
当館ブログでも、開幕からほどなく以下のような記事をアップした。


美術館再開23日目、6/27。施工直前の、どうしよう。


「作品のない展示室」、施工の下準備。
そしてこのタイミングでちょっとした問題発生。

今回、作品は置かないが過去の展覧会ポスターは紹介したい、
という上層部の考えにより、
195の企画展全ポスター(バナー+現物)をある壁面にかける予定だ。

※バナーは開館30周年の2016年に制作。1枚ものとして作るのは無理だったので(重くなりすぎる)、いくつかに分割して制作し、エントランスの壁面にて披露した。2017年以降は、とりあえず邪魔にならないよう、展示用具庫の棚の最上段で保管。このバナー、分割してあっても吊るのが非常に大変で、少なくともエントランス壁面のような高所には今後展示しない方がいい、ということになっていた。


なんですが、ポスターバナーの幅×本数が。
予定の壁面幅をめっちゃめちゃ、超えてました。。。

今回、展示室の壁自体は腐るほどあるので、
どうしてもかけるならいくつかの壁面に分けて
かければそれでいいわけなのだが、
どうなれば空間全体が「収まった」感がするかは
個々人の感覚次第。
私自身は副担当にすぎず、そのバナー部屋の担当ではない。
出過ぎたことを言うのも憚られる。
でも、自分ならどうするかなーと、しばし考える。

※なんでそんなことに気づかなかったのか? この「作品のない展示室」だけにかかりきりになれる人間が(副担当の自分も含めて)、いなかったのだ。基本的にドタバタ(「バナーのデータってどこだっけ」)、ちょっとした勘違い(「まあ収まるサイズだったような」)、現物を事前に見ておくのが確実だがそれが無理になり(超重量物を棚から下ろし・広げ・戻す時間と労力がない)、いや絶対無理というわけではなかったかもしれないがともかく、提案者らも含めて誰もが多忙すぎた。誰のせいでもない、一種の事故だった。それにしても間抜けな事故ではあった。

来場された方はおわかりのとおり、結局このバナーやポスター現物は使わず、スライドショーを急きょ作って上映した。結果から見ると別になんでもない。でもバナーに思い入れのある人もいたのだ。納得したかは今でもわからない。

美術館再開24日目、6/28。せめてもの「ありがとう」。

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大雨の土曜日、私はお休み。ですが、
セタビに行くと今日からこんなカード貰えます。
消毒検温連絡先記入、の「儀式」を
正面入口・カフェ入口・レストラン入口の
どっかでクリアしたら、館内どこでも
ご自由にウロウロできますよカード。

再開3日目あたりで、
「カフェにはふらっと入れるが5メートル先の館内トイレはダメ」という
オペレーションのまずさを解消すべく、
大変だけど3カ所で「儀式」をやって、
「儀式済んでます」証明書みたいのを来場者に
渡していた。ワードでベタ打ちの紙切れ。
(最初の3日間の緊迫については以下↓)

その悲しい紙切れが、かわいい名刺サイズの
「ご利用者カード」に化けました。
うちのご自慢、展示室への廊下の写真入り。
こういうのを配らずに済む日の到来を願いつつ、
それまでの間にお越しいただく方に、
せめてもの「ありがとう」です。

※カードの裏面の写真をよく見ると、廊下の突き当たりからは外の緑が見える、ということに気づく方もいると思う。しかし6月26日の日記に付けた写真のとおり、実際には仮設壁をいくつも立てて展示室を使っているため、緑は見えない。「作品のない展示室」開幕の日からSNSをチェックし続けていたら、カードの写真は合成なのかも??と思った方がいるのを発見して、申し訳ない気持ちになった。もちろん、壁を取り壊せば外を見せることはできる。でもそこまでお金がなかった。

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