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ショートショート①騒音(2020/07/05)

心の換気が足りていないから、
宛先のない言葉がナイフとなって突き刺さる。

仕事終わりに立ち寄った定食屋さんで飛び交う外国語に、ビールが遅いとイラつくおじさんに、怯える。別に自分に対してのアクションじゃないけど、心の通気性が悪いと、そんな些細なことでも詰まりを起こす。グラグラする椅子で一生懸命バランスをとって、その場をやり過ごす。男の人ってもしかしたら、力でねじ伏せてやるっていう自分へのお守りがあるかもしれないけど、こっちにはそれがない。力じゃ絶対勝てないから今日も策士になりたい。
ああでも、本当にうるさいな。自分の世界に属性の違うものが存在していることが腹立たしい。いつも博愛を謳うのに、こういう時だけ同義を好む。

幸福とは程遠いただお腹を満たすための味の濃い食事をして、満腹中枢を今日も殺す。帰り道、口の中に残る塩気で痰を絡ませなら、消えかけの蛍光灯と、明日回収される予定のゴミを横目にダラダラ歩く。

ああ、車がたまに通る横断歩道で寝転がりたい。赤なのにそこで寝込んだら誰か轢いてくれるかな。別に惹かれたくなんかないけど。ああ。誰か持続的に幸福を実感できる場所に連れて行ってくれたらいいのに、とかディズニープリンセスみたいな他力本願で思考を埋める。彼女たちは可愛くて、歌が上手で、疑問なんて持たない。うるさいな。別にそれが良いとも悪いとも判断する気はないよ。否定も肯定もするのをやめたら、自分が2人できた。多角的意見なんてクソくらえ。

月曜日からお酒なんて一滴も飲んでないのに、素面で曇って沸いた頭を酷使しようとしても何も生まれない。何も生まれないって知ってるから、絶対に何も生まれない。もはや何も生まれないのも嬉しいのかもしれない。でも嬉しいはずなんて絶対にない。
やっぱ嘘。誰も助けてくれなくていい。自分なんとかしてこそ自分の人生、とか言い切れる強い人間に憧れ続けるから一生なれない。一部分だけ切り取るとなれるかもしれないけど、一部分だけ切り取るとなれない。人生って全部そうかもしれない。一部分だけ切り取ってそれっぽくしてるけど、全体を通してみると答えが違ったりするよね。でも時間の概念に囚われてる限り、一部分だけしか見えない。そんなのむり。やっぱ嘘。むりっていう人間嫌いだからむりじゃない。

このまままっすぐ歩いたら家にでも着くのかな。帰ったところで幸福な人生なんて待ってない。恐怖の支配に自分から飛び込むのなんてハエと私ぐらいだと思う。家に帰りたくなくて、どんどん荷物が重くなる。誰だよ私のリュックに鉛を突っ込んだの。自分で鉛を詰めてることに気が付かない方が幸せなのにはいつも気が付かなくていいことに気付いて勝手に負傷する。

何かこれって信じられる存在あったら楽なのに、暗闇の中1人で声に出してみてるけど、お前は自分からそれを手放したから、もう手に入ることなんてないの自覚してる?一回無くしてもうお終いなんて酷なことして虐めないで。

鉛が重すぎてそこらへんに座ったら、さっきまで降ってた雨が服に染み込んできた。人の洗い流された感情まで染み込んだ水なんぞ、触りたくもないわ。ああでも勝手に染み込んで、全身を濡らしてしまえば、心まで侵食して違う人間になれるかな。

こんな暗い堂々巡りしかできない自分に嫌気が指す。でも20年と少しこうして生きてきてしまったから今更これを手放したら、息の吸い方から教えてもらい直してもらわないといけなくなる。

夏の夜風に当たって顔がベタベタして気持ち悪い。ああさっき食べた塩辛い定食で胸が苦しい。高血圧ってこうやってはじまりるのかな。

とりあえず途中のコンビニにでミネラルウォーターみたいなの買って飲んだら、人生やり直せるかな。自分を構成する素粒子が新鮮な南アルプスのに湧水に取り替えたら、もうそれは山だよね、違う?

仕方なく家についたものの特にすることもなく、(正確にいうと本当はやるべきとされていることは大量にあるみたいだけど、自分の脳にそれはプログラミングされてない。)いつの間にか惰眠に犯される。でも犯される前に、思考がバラけていく音と時間が過ぎる音が大きな音を立てすぎて、結局明け方まで眠りになんてつけなかった。あまりに爆音だったから今までこの音をどのようにやり過ごして眠っていたのか忘れてしまった。本当にみんなうるさい。

#2000文字 #短編 #ショートショート

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