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No.047 高校3年生。秋から春へ・Tool Box ツールボックスの思い出

No.047 高校3年生。秋から春へ・Tool Box ツールボックスの思い出


「たかゆき、これ素敵だな、カッコいいな。オレにくれ」

高校三年生の秋、自宅での夕飯を終え、門のくぐり戸を開け、どこに行こうか迷いながら、シャッターが下ろされている店も多い小名浜の商店街をうろつき始めた。大学受験が間近に迫っている感覚は、まるでなかった。高校入学以来、夢中になっていた卓球の部活も無くなっていた。大学に行く意味が掴めなかった。成績は酷いものになっていたが、働くのでなければ、大学に行くという選択肢しかないものだと思っていた。あの当時でも、磐城高校の大学進学希望率は95%くらいはあったのだろうか。おそらく高校での進学相談などもあったのだろうが、まるで記憶にない。近い将来の自分の居場所がどこにもないような感覚があった。

自分の中で、てっちゃんの家は夜に訪問する家ではなかった。漁業関係の家の朝は早いだろう、くらいの分別はあった、というより計算はできた。ひろしの家は、言語道断だった。以前訪れた時、お母さんがひろしの妹に発した「勉強してんのかい!」の怒声が耳にこびりついていた。たかゆきしか残っていなかった。夜のアホな訪問を、なんとか許してくれそうな家と友人は。

中学生の時、体調の関係で1年多い4年を過ごしたたかゆきは、多くの生徒と同じように、僕にも「たかゆきくん」であった。高校3年生、僕の卓球クラブの引退後急速に親しくなり、「たかゆきくん」は「たかゆき」になった。

この当時もそうだが、僕の家は昔から「溜まり場」になっていた。たかゆきもそんな自由な雰囲気に惹かれたのか、ちょくちょく夜でも遊びに来るようになっていた。姉早苗に「お姉さん、歌歌ってあげるね」などと言って歌った美声が、今だ耳を通り越して心に残る。こいつ、ホント、上手いんだよなあ。歌以上に、人の心を掴むのが。

玄関のチャイムを鳴らすと、たかゆきのお姉さんが出てくるとほぼ同時に、頭の上からたかゆきの声が届いた。「よう、しんや、どうした」。見上げると、二階からニコッと笑ったたかゆきが顔を出している。ここが今晩の訪問の正解の場所だったようだ。

たかゆきは親分肌と言う言葉がよく似合う男だった。眉間にしわを寄せ、凄んだかと思うと、一転にっこり笑って、相手の肩に手を掛ける、そんな芸当を高校生で身につけていた。その一方で、誰よりも早く長髪にして、ギターを弾きながら美声を響かせ、女性誌ananアンアンを愛読し、女の子に声をかけるのが上手い、もてるのも納得のヤツだった。

ふっと訪れた僕に、理由を特に尋ねることもなく、いつもの他愛もないおしゃべりが始まった。たかゆきは、僕にとって人生の先輩のような部分もあった。この日も同等の地位を装いながら尋ねた。「たかゆき、女の子にモテるコツってなんだ?」間髪入れずに発せられた、たかゆきの答えがふるっていた「メンクイにならないことだな」なるほど、顔などで女性を判断するなってことか。どこで仕入れた知識か、たかゆき自らの実践経験からの言葉だったか、今は、確認のしようがない。

何気なく見回すと、部屋の片隅にあった赤のツールボックス、工具箱が目に入った。中を見せてもらうと整髪料や櫛(くし)やブラシなどが入っていた。ただの工具箱をオシャレ小物入れに使っていたわけだ。ananアンアンあたりからの導入か?

「たかゆき、これ素敵だな、カッコいいな。オレにくれ」
「値段ずばり当てたらな」
「う〜ん、2200円」
今でも覚えている数字だ。たかゆき、ちょっとムッとして、ツールボックスの中身を絨毯(じゅうたん)の上にバラッと出して、一言
「持ってけ」
「お〜、サンキュー!」
「ちょっと待て」
たかゆきは手元のマジックペンをとり、ボックスの底に、S48 from TAKAYUKIと記してくれた。
イカしたやつだったなあ。

かくして、たかゆきのオシャレ箱たるツールボックスは、しんやのマジック道具入れと化し、今もカードやコインなどが納まっている。金属とはいえ、ツールボックスの底のサインは少し擦れて薄くなっている。

たかゆきは高校卒業後、スイス・ジュネーヴの学校に進学する。入学後ほぼ一年、休み時間に友人たちとtable tennis卓球をしていた時、体調の異常があり亡くなる。享年20歳。俗な言葉を冠したくないが、早すぎる死としか言いようがない。僕は大学浪人一年目、僕を初め、てっちゃん、ひろし、多くの一浪連中の大学受験の時期だった。

東京板橋で、姉早苗から直接たかゆきの急逝の知らせを受けたあと、夜の街をふらついた。生まれ故郷の街をふらつき、たかゆきの家を訪れた時と比べて、自分は前に進んでいるのか?僕はまだ自分の場所の手がかりさえ掴めていない。たかゆきは、スイスで大きく成長する道を見つけつつあったに違いない。「バカやろー!」生まれて初めての「他人」への涙が頬をつたった。

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