見出し画像

No.084 小学5年生。冬 / 生き物の命の重さ

No.084 小学5年生。冬 / 生き物の命の重さ

実家のだだっ広い敷地内には、蔵が二つに、畑、掘立(ほった)て小屋らしきもの2つ、イチジク、ザクロ、柿の木があった。整理整頓の言葉からおよそ反対のカオスの状態は、元気溢れる小学5年生の男子連中には格好の遊び場だった。

学校の授業が終わると、サダカズくんを初め3、4人の、多い時は7、8人の友だちが、この遊び場へ直行、日が暮れるまで遊んだ。隠れんぼ、缶蹴り、木登り、鬼ごっこ、新聞紙チャンバラ…。町に、塾とかあったのだろうか。記憶にない。小学校の授業が終わったら、遊ぶ以外の選択肢がなかったような気がする。

冬のある日、5人で隠れんぼをしていた。僕がオニで3人は捕まえた。残っているのは、サダカズくんただ一人、掘立て小屋辺りにいるかな?掘立て小屋に向かうと、サダカズくん自分から出てきた。あれ、なんで出てくるの?

「しんやくん、ネズミの子どもがいるよ!」
えっ、どこどこ?みんな大騒ぎ、サダカズくんは、隠れる時に、立てかけてあった朽ちた板を動かした。その下にネズミの巣があったのだ。産まれたばかりの子ネズミが六匹、キイキイと鳴いている。親ネズミは逃げたのだろう。

体長5、6cmほど、ピンク色の体を微妙を動かし、みんなでキイキイ鳴く姿は可愛かった。僕たちに相手をして欲しくて鳴いているのではないんだろうな。お母さんがいなくなっちゃったからかな?僕たちが怖いからなのかな?

「しんやくん、どうする?」
しんや隊長は、隊員たちから決断を迫られる。
「ネズミは悪者なんだ。みんなも知っているだろう。僕たち人間のテキなんだ」
うんうん、みんなうなずく。それで、それで?
「僕たちが見つけてしまったんだ。ミンナデシケイシッコウスルノガ、ボクタチノセキニンダ」
そうだ、そうだ!みんなでシケイシッコウだ!どうやって、どうやって?
「ヒアブリの刑にする」
よーし!ヒアブリだ!

みんなで掘立て小屋にあった板を壊す。板と枯れ葉を集めて死刑場の完成だ。家に戻り持ってきたマッチで枯れ葉に火を点けた。火が大きくなり、熱さが伝わってくる。僕を合わせて5人の執行人は、それぞれに持った木切れで子ネズミをすくい、一匹ずつ乗せる。キイキイ鳴き続けている。ひとり一匹。一匹だけ皆と離され、巣に残される。

よーし、みんなで一斉にシケイシッコウだ。よーいスタート!
ワイワイ言いながら、それぞれ燃えさかる火の中に板切れを差し入れる。子ネズミのキイキイとの鳴き声が大きくなり、小さな体を動かす。板切れを持った手が揺れる。小さな命の重さが伝わってくる。程なく声も聞こえなくなる。手の揺れも収まる。ほんの少しの力を加え、子ネズミを火の中に放り込む。鳴き声が、チリチリと体の焼けていく音にとってかわる。「ナニカワルイコトヲシテイルノデハナイカ、ボクタチハ?」

サダカズくんの持っていた板切れの上の子ネズミが、プーッと膨らんだ。みんな「ええ!」と驚きの声をあげて、膨らんだ子ネズミに目を向けた。内臓が火で膨らんだのだろう。見る間にポンと音をたててしぼんでいった。サダカズくんが思わず、板切れを離した。板は上に乗せられた子ネズミと共に燃え続けた。やはりチリチリと音をたてて。

死刑執行をしなければならない子ネズミが一匹残っている。隊長が隊員に尋ねる。「誰がシケイシッコウする?」誰も手を挙げない。では「コウヘイ」にジャンケンで決めよう。ジャンケンで負けた隊長は、最後に残った人間のテキの声を聞きながら、板に乗せずに、火の中に蹴り入れた。テキの体は重さを感じさせなかった。火の中の子ネズミは、一瞬鳴いたかと思うと、やはり体をプーッと膨らませ、ポンと音をたてて、チリチリと鳴いた。

みなの興奮が収まり、誰も口を開かなかった。僕は水をかけて、みなで死刑場を壊した。子ネズミたちの体は確認せず、クズと化した木々を蹴飛ばしながら集めた。短い冬の日が傾き、暗さが忍び寄ってきていた。

小学5年生、虫以外の生き物を初めて殺した。死刑執行との正義感から。子ネズミの「軽い重さ」が手に、足に、心に残る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?