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No.022 よろしく!小野先生(1)勇介くん

No.022 よろしく!小野先生(1)勇介くん


う〜ん、できてないな。

まもなく公立中学入学を迎える勇介くんの入会テストだ。かなりのつまずきを見てしまった。お母さんとの面談の中で、小学校の単元テストでは70点くらいはとっていると聞いていた。70点、ちょっと引っかかった。今の公立小学校の単元テストであれば、90点は欲しい。

保護者の話を聞いてから、手作りの入会テストのレベルを決める。勇介くんの問題として、割合、比のやさしめの問題の他に、文章題4年生レベル、念のため小数の引き算・かけ算、分数の足し算・割り算なども準備していた。算数の他に、国語の読み取り4年生・5年生レベル、漢字4年生・5年生レベルもやってもらおう。

「こんにちは、勇介くん」一人でやってきた勇介くんは、おとなしめで、口元をきゅっと閉めていた。ちょっと緊張しているかな?奥の教室で、問題を解いてもらった。態度などに問題はないし、野球で鍛えた体は日焼けして、これから背が伸びそうな印象が強く残った。

テストの結果。国語もできているとは言い難かったが、算数のつまずきが大きいと判断せざるを得なかった。算数の最重要である割合・比の考えは理解していないようだ。小数分数の計算から怪しかった。

う〜ん、手がかかりそうだな。塾を始めて3年目、教師は自分だけだし、生徒が多かった。入会してもらっても、十分な指導ができるかは微妙な感じだった。塾の終了後の時間にお母さんに来てもらうことになった。できればお父さんも来て欲しい旨、伝えた。できるならば、両親にお会いして説明するのは、入会時に限らない。両親の教育に関する姿勢が違いすぎると、子どもは迷ってかわいそうだ。

夜に、勇介くんのお父さんお母さんがいらした。テスト結果の説明をして、とりあえずは一対一で教えてくれる塾が適切であろうと、お伝えした。学生が指導の中心であれば費用の負担も少ない、具体的な塾の名前まであげて提案した。こちらでは自分しか教師はおらず、プライベートをするにはお金がもったいないとまで、正直にお伝えした。悪く言えば、体のいい断りだ。

お父さんが口を開いた。「ここまでつまずいているとは、思ってもみませんでした。おっしゃる事は分かりました。ただ、ひとつお願いがあるのですが」続けて言われた。「もう一度、テストをして頂けませんか。息子はこちらにとても来たがっています。計算問題くらいでしたら、私でも帰宅してから教えられます。いかがでしょうか」

ひと月後に再テスト、同じ問題は出さない、結果を見て入会お断りもあります。よろしいでしょうか?

ちょうどひと月後に、勇介くんが再テストを受けに来た。その夜、お父さんお母さんに来ていただいた。「いかがでしたか」「満点ではありませんでしたが、良くできていました」「勇介は受け入れていただけますか」「こちらから頭を下げてお願いしたいです。きてください。いや〜お見事です。こちらが学ばされました、勇介くんに、お二人に」お父さんお母さんが涙ぐんだ。こちらもグッときた。

「ひどいかもしれませんが…勇介くんは中学校に行ってから、学年上位になれるとは思いません。がんばれば真ん中くらいには入れると思いますし、それでいいと思います。高校入学のときに、また考えていきましょう。長い人生の中で、勇介くんがやりたい事を見つけていきましょうよ、ご一緒に」

勇介くんは、中学校で野球部に入り頑張った。高校は私立高校に進み、大学入学まで在籍した。大学では、整体を学んだ。

数年後、街中で、ばったりお母さんにお会いした。勇介くん、どうしていますか?国家試験も受かって、病院で元気に働いていると言う。国家試験の時はたいへんだったそうだ。「中学校のとき、あれだけ勉強していれば、もうちょっといい高校に行けたと思うんですけどね〜」お母さんと二人、顔を見合わせて笑ってしまった。

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