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No.051 スコットランド・ハイランドへの旅・エピソード(1)

No.051 スコットランド・ハイランドへの旅・エピソード(1)


ボブ・ディランの「ハイランド」を、スコットランド北部地方ハイランドで聴く。それが目的の「旅」だ。連れ合いの由理くんが亡くなってから、年に一度二週間ほどの休みをとり、ヨーロッパを中心にひとり旅をするようになって5年目のことだった。

この旅でも、楽しい思い出がたくさんできた。誰が言ったか「旅は思い出を作るもの」。戻る場所のある旅には当てはまる。もっと小理屈を付け加えれば、「旅は思い出ができやすい」。こんな意見もある。「旅」から戻って考えてみよう、今の場所が自分の場所かと。職業にも、家族とかにも、人生にも当てはまりますね。古今東西、人生が「旅」に喩えられるわけだ。

話せば、分析すれば、そんな話だが、もっと気軽に「旅」に出る。「何か」を心の奥に深く期待して。

この旅でも、最初の二泊とレンタカーを日本で予約した。現地ではガラケー一本、ホテルの予約も電話での英会話だ。若き友人が、電話でホテル予約できるんですかと驚いたのには、驚いた。ジェネレーションギャップですね。そう、アナログの旅もまた楽しだ。

エディンバラのホテルは素晴らしかった。部屋も料理も二重丸だった。目当てのスコットランド国立美術館ではフェルメールの初期の作品を含め、大好きな印象派の作家たちの作品も初見のものが多かった。真っ赤な壁もそうだが、壁一面に沢山の作品が並んでいる様は、日本では見られない展示で興味深かった。

大好きなヨーロッパの街の夜歩きも満喫した。若き友人たちにアドバイスする。ヨーロッパの都市に行ったら、夜、手ぶらで散歩しろと。もちろん危険な地域は避けろと付け加えて。日本にはない、独特の柔らかな光に満ちた大人の街の香りは、是非味わって欲しい。エディンバラの街もまた例外ではなかった。

翌朝、レンタカーを借り、北に向かう。ゆっくりと3日かけて、ハイランドに。

ヨーロッパでの宿探しは、ミシュランガイドブックに頼っている。ハイランドに行く途中にあるホテルが気になった。Speysideと言う村にあるCuldearn House、部屋数6室。電話で二泊予約すると、夕飯はホテルでとるのが宿泊の条件という。こちらもその気でいたが、ディナーがマストと言われたのは初めてだった。

村に行って納得だった。駅前に小さな食料品店が一軒あるのみの村。ホテルの中での食事しか選択の余地がない。重ねて、Culdearn Houseホテルは何年にも渡り、食事の美味しい宿泊施設として表彰されていた。感じの良いご夫婦で、かの地で30年以上経営されているとの事であった。「あなたが初めての日本人宿泊客」には驚いた。一つ「旅」の話のネタができた。

話が弾み、敬愛するデビッド・リーン監督の話に触れると、ご夫婦の娘さんが一緒にお茶した時があるという。さらに驚いたことがあった。こちらの旅の目的がハイランドでボブ・ディランのハイランドを聴くことだと告げると、ディランが隣の村に2年前に家を購入したとかで、地元でのみ話題になったという話が出てきた。残念ながら、詳しい場所は分からないということで、訪れるのは断念した。こんな話を聞けるだけでも嬉しいものだ。

ディナーの時間になった。メインの部屋に通される前に、隣室で食前酒を飲みながらのメニュー選びである。客同士の顔合わせの紹介タイムでもある。この日の宿泊客は、オーストラリアからの6人のグループ。親戚の結婚式の後の観光と言う。ウィスキーの工場見学をするそうだ。こちらは酒屋商売をしていた時もあると言うのに、スコッチウィスキーの事が思い浮かばなかった。

他に、こちらと同じくお一人での食事の予定のトムさん。齢(よわい)90歳、奥様の体調が良くなく部屋で休んでいると言う。ご一緒に食事は如何ですかと提案すると、是非と言う事で、席を共にすることになった。お陰で見事な食事が一段と美味しくなった。

1950年に開戦の朝鮮戦争の時に日本に行った話、産業革命がイギリスで起きた話、スコットランドとイングランドの軋轢の話など、瞬く間に時間が過ぎてゆく。奥様の様子も気になるのでお席に失礼、楽しかったとトムさんとハグでお別れした。

一人になると、オーストラリアのグループの方たちが、デザートを一緒にどうですかと誘ってくれた。もちろんオッケーです。自己紹介にマジックを披露して、大いに盛り上がったのはいつものことです。残念ながら、その後のグループの会話には、まるでついていけなかった。

英語のネイティブではない自分には、トムさんとの会話の方であれば、大丈夫なのだ。知識も興味もある分野の話なのだ。オーストラリアのグループの話題は、日常生活やテレビ番組などに関することで、馴染みがない。もう一つ、自分の英語の欠点を再認識させられた。英語の音を、リズムを、そのまま聞き取る事がダメなのだ。

日本語の例を出して説明しよう。もし「アニソン」と言う言葉の意味を知らなかったとしよう。でも、「アニソン」とは聞き取れれば、「アニソン」と言う言葉をそっくりそのまま繰り返し「アニソンって何?」と質問するであろう。英語でこれができないのだ。

大学時代の授業で似た事がしばしばあった。授業での教授の英語は何を話すのか、ある程度の方向性が分かるので大丈夫なのだが、学生が挙手をした後の質問を聞き取る事ができなかった。方向性が分からないので、一瞬「置いていかれる」すると取り返せないのだ。ここを克服するのは、もうしばらくの時間がかかりそうだ。

レンタカーを借りる時に困らない。電話でホテルの予約ができる。レストランで注文もできる。興味のある分野の話はできる。他人であれば、英語でそれだけできれば十分でしょうと言うかもしれない。特に自分に厳しいと言うわけではないが、一段上に行くには、英語の音を聞き取る練習が不可欠だなと考えさせられた「旅」の一部分だった。

・・・続く

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