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岸政彦先生監修の『東京の生活史』プロジェクトに参加します

休日のある日に近所をひとりで散歩していて、「わたし、人にしか興味がないんだ」と急に気がついたことがある。人生の大切なことはいつも考え込んでもうまく分からないのに、歩いているスピードで目に入るネコジャラシとか飛んでるカラスの気配とかと一緒にヒュッと意識が抽象的な方向に向いて突然理解できたりする。

それにしても「人にしか興味がない」という自分の趣向は意外だった。小さい頃から1人が大好きで、人が近くに来ると積木の扱い方やアスレチックでの遊び方がわからなくなるほど、自分らしくいられない気がした。本を読むのが好きで、文字を書くのが好きだった。だからできるだけ人と関わりのない、1人でもできることをして生きていけるよう、そのために努力していくべきと思っていた。
それなのに振り返って考えればそのその努力の方向はいつも人が作ったものや人をとりまくもので、そういうものから人を理解しようとしてきた、と自分のことを整理することもできた。人が苦手だけどずっと好きだったんだなと、こんなにシンプルな答えにたどり着いてからいつかやりたいと思っていたのが、人の人生を聞き、生活史を綴ることだった。


生活史調査とは、個人の語りに立脚した、総合的な社会調査である。それは、ある社会問題や歴史的事件の当事者や関係者によって語られた人生の経験の語りを、マクロな歴史と社会構造とに結びつける。語りを「歴史と構造」に結びつけ、そこに隠された「合理性」を理解し記述することが、生活史調査の目的である。 (158p)
岸政彦, 石岡丈昇, 丸山里美『質的社会調査の方法−−他社の合理性の理解社会学』有斐閣ストゥディア (2016)


そういう調査方法があると知ったとき、ある感情への向き合い方が見えたような気がした。

昔から、電車で隣り合って座った人のように日常的な空気感を共にする人の人生がいつかは忘れ去られ、なかったことにされてしまうことに気が付くたび、ひどく寂しい気持ちになっていた。政治家や芸術家、スポーツマン、何か特別な才能を持ち合わせて伝説的に語られる人生だけでなく、同じ車両に乗り合わせた人、車窓から見えるマンションの灯りの窓の向こう一つ一つで暮らす人たちの個別具体的で壮大な人生が失われることに寂しさを感じるのは、その人しか話さない話題、言葉、言い回しがとても美しいと思う一瞬を体験して、そこにしかない感動に触れたときにしかない感情が好きだからだと思う。
わたしは同時代に生きる、わたしが好きだと思ってきた人たちに話を聞いてみたいと思った。そういうものが消えてしまう前に、掬い取ってみたい。そういう自分にとっての大きな関心ごとと、還元できる意義と手法が三角形にピュッとつながった感じがしたのだ。

そんな折りの今年7月頭、岸政彦先生監修『東京の生活史』プロジェクトのことを知り、これだーーー!!と膝を打ち、この情報に出会えた自分に感謝した。

筑摩書房編集部 岸先生監修『東京の生活史』プロジェクト
https://www.chikumashobo.co.jp/special/tokyo_project/

岸先生のことは書店で、「自力で出会った」と思えるような状況で初めてお名前を知った。わたしは非常に単純なので、すぐに思い入れができた(もちろんこれは書店員さん他様々な人のつくった状況ではあるけれど、それは置いておいて)。
『断片的なものの社会学』『街の人生』『マンゴーと手榴弾』と書かれた背表紙が並ぶ著者欄は社会学棚で異彩を放っていて、ある種の人たちを強烈に吸引するようないいにおいがした。とてつもなく惹かれ、ひとつひとつの文章を大切に読んだ。

とくに、このプロジェクトと似た方針を持って5人の生活史が編まれた『街の人生』の「はじめに」は文芸書以外で初めて涙を流した文章だった。
この本の序文は、編者が分析や解説をつけずそこにただただ人の語りを掲載するというスタイルをとることを説明しながら、普通の人から語られた断片的な世界から偉大な人生の一部を体験させてもらうという大きなテーマとともに「調査は人に刃を向けるものである・血を流させるものである」ということに自覚的でいることへの宣言のようなものも滲んでいて、研究の手法と態度の密着度を鮮やかに描く序文のかっこよさに感動し、これを書いた人はどんな繊細な人なんだろうと、人はこんなに真摯でいられるんだと、おごった自分を反省しまくったものだ。

その岸先生が聞き手を公募して生活史で本を作る。一般から聞き手を公募し、東京にいるひと/いたひとの人生についての大きなインタビュー集をつくる。解説や説明抜きで、人びとの人生の語りがあるだけの本。こんな趣旨文の本に一般から参加する余白が残されていることに大興奮した。途方もなく難しいだろうなと思っていた生活史の手法を勉強して形にできる。おもしろい。ぜったいに参加したい!
しかもテーマは「東京」!東京。東京生まれ東京育ちのわたしは、いろんな記号的東京を勝手に背負い、東京を神格化し、そして自分の目の届く範囲の日常的な東京を生きてきた。東京で生きた人の語りからの東京、考えてみたい。

とにかく公募の締め切り日までにどう過ごそうか手帳を開いた。細かな締め切りを設けて申請文を書いては、身近な人に読んでもらったりもした。理解できる文章に整えるべく、よくよく読んで書いてを繰り返した。この経験はとっても楽しく、自分の思考を整理するだけで確かな意味があると思った。プロジェクトへの参加が叶わなくてもできなくても自分で1人で生活史をやろう。担当編集者の柴山さんにメールする頃にはすでに達成感があった。

とはいえ、8月末に選考に通った旨の連絡をいただいた日はめっちゃくちゃ嬉しかった。自分の好きだった人の監修の本に自分の名前で並べるのは、思いつくことのなかった夢の一つかもしれない。あの痺れた序文に滲む生活史的センスを直接教えてもらえる機会ができるのだって感動的だ。人に向かう態度みたいなものも大切なはずだと思うので、近くで教えてもらえるのだとしたらすごい経験になる。審査のことはまだオフレコかもしれないから黙っていなきゃとニヤニヤしつつ、嬉しいことがあったからと言って家族にビールを付き合ってもらった。

先日初めての説明会があり、岸先生に直接質疑できる機会もあった。せっかくの機会なので、書籍に残る「語り」そのものとは別に、聞き語りをするまでの経験や個人的に考えたことなどの日誌を残しておきたいなと思い「ブログ書いてもいいか」質問したところ、注意事項に触れつつ、いいよ!と言ってくださった。

原稿は語り手の語りをそのまま掲載するので、自分のこの経験をうまく消化するという意味で日誌があるといいと思った。語り手がどんな人かわかるような内容は避け、聞き語りを行うまでの過程でのわたしの変化や考えたことを残すものにしたい。これから研修もある。制作の過程も150人の語りを読むのも楽しみ。

この壮大なプロジェクトを言い訳にして話を聞かせてと言いに行くわけだけど、このプロジェクトに恥じないようなしごとができるように、めちゃくちゃがんばります。

参考

筑摩書房編集部 岸先生監修『東京の生活史』プロジェクト
https://www.chikumashobo.co.jp/special/tokyo_project/

150人のロングインタビューで「誰も最後まで読み通せない本」を作る(文春オンライン 2020/09/04)
https://bunshun.jp/articles/-/40057

僕らの人生は個性的か?東京を「ずっと忘れて生きていた」、岸政彦が描くもの (BuzzFeed News  2020/7/26)
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/kishi-masahiko-tokyo-life-history?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter

岸政彦, 石岡丈昇, 丸山里美『質的社会調査の方法−−他社の合理性の理解社会学』有斐閣ストゥディア (2016)
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641150379


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