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我が国の「大学ファンド」

 遅ればせながら、トマ・ピケティ(Thomas Piketty)の「21世紀の資本」(Le Capital)を読んだ。トマ・ピケティ(Thomas Piketty)は、フランスが誇る経済学者だ。

 ピケティは、資本収益率(r)、経済成長率(g)とすると、その関係は、r>gとなり、資本によって得られる富は、労働によって得られる富よりも成長が早く、資本収益率もよいと言っている。そしてこれを「最もよく理解するには、過去数十年間に米国の大学の基金に起きたことに目を向けるといい」とある。米国の大学の基金とは、エンダウメント・ファンドと呼ばれ、寄付金から構成される基本財産を投資運用し、教育及び研究のミッションに還元するシステムだ。米国の大学850校が、1980年から2010年の間に基本財産を投資運用することによって得られた平均実質収益率は8.2%、ハーバード大学等基金総額が高い大学の平均実質収益率は10.2%と高い。規模の経済で、初期所有財産が高い大学ほど、収益率も高くなっていることを、ピケティは示している。

 日本政府は2020年度補正予算により0.5兆円、さらに財投融資4兆円を元本として、「大学ファンド」を作る。この「大学ファンド」を管理運用し、その運用益で「学術研究・基礎研究の分野に、これまでにない手法により「『人材』、『研究開発を行う大学の共用施設やデータ連携基盤の整備』などへの大胆な投資を実行する」由、内閣府HPに「日本の未来を担う研究者の皆様へ」と題してメッセージが発表されている[1]。この「大学ファンド」は、米国の大学の基金(エンダウメント・ファンド)をモデルにしている。

[1] 日本の未来を担う研究者の皆さまへ, 内閣府

 ハーバード大学のFinancial Reportを見てみよう[2]。ハーバード大学の基金総額はもちろん米国1位で2019年409憶ドル[3]、ハーバード大学の基金管理会社(Harvard Management Company、以下HMC)が運用して、2020年には419憶ドルにしている。収益率は7.3%となっている。また、ピケティが示している2010年以降を見てみると、2011年には320憶ドルだったものが2020年には419億ドルになっている[4]。

[2] Financial report FISCAL YEAR 2020, HARVARD UNIVERSITY
[3] NACUBO-IAA, Study of Endowments (NTSE) Results, 2020
[4] Annual Financial Report, HARVARD Financial Administration

図表 ハーバード大学の基金総額と収益率の推移

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 彼らのポートフォリオ戦略を見てみると、株や債券に投資するという通常戦略は取っていない。2020年のFinancial Reportによると、プライベート・エクイティに23.0%、ヘッジファンドに36.4%を投資し、それぞれ11.6%、7.9%の収益率を得ている。ハーバード大学の投資戦略は、明らかに「代替投資戦略」だ。実入りのよくない債券や米国債には5.1%しか投資していない。ピケティも言うように、「フォーブスに常連のような裕福な個人及び大きな基金を抱える者が投資を許される「代替投資」」をすることによって、裕福な基金をさらに増やしているのである。この「代替投資戦略」をさせているのは、HMCの一流のポートフォリオマネージャー集団の手腕だ。一流はやはり給料も高い。社長の給料は、年間972,000ドルと言われている(2016年)[5]。ピケッティは、「最大の基金が最高の収益を得られる主な理由は、もっと儲かる投資を見つけ出す能力にある」と言っている。

[5] Harvard Discloses Leaders’ Annual Compensation, HARVARD MAGAZINE

 政府の大学ファンドが成功するか否かはまさにここだ。補正予算と財投融資で、4.5兆円、まさにハーバード大学の基金規模と同じだ。この大学ファンドをHMCのような凄腕集団に運用してもらい、ペイアウトして、科学技術イノベーションの担い手である「人材」等に投資できるか、目が離せない。

「21世紀の資本」トマ・ピケティ著,山形浩生,守岡桜,森本正史翻訳,みすず書房


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