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恋愛によって自分をより良くする時期は終わった

住む場所を変えるときは、いつも当時の恋人が関係していた。
地元沖縄を出るとき、好きだった人と同じ大学に行きたくて関西の大学へ受けた(結局彼は関西の大学には合格しなかったけれど)。就職活動のとき大阪に本社がある会社を受けたのも当時の彼氏の近くにいたかったからだし(結局は東京支店に配属になるのだけれど)、岐阜に来たのも今の夫がいたからだ。

人生を変えるエンジンのように、ターボのように、今の場所から違う場所へ移るそんなきっかけに、ことごとく男の子(女の子のこともあった)が出てきた。

一人の人と付き合うたびに、自分の心身が大きく変化していった。その人の考えも容姿も仕草も声も全部わかるなんて無理だけれど、それらを咀嚼して飲み込んで食べられるところは余すことなく食べて、そうして私も食べられて血肉を交換するように、そんな風に付き合ってきた。

その結果が今の夫との結婚に繋がっていて、私の恋愛遍歴は一旦終わりを告げた。そうして気が付いた。私は私自身を変えるために、もう恋愛での関係を使うことができない。

最近、ダルちゃんを読んだ。その中でダルちゃんは言う。

「私は自分で自分をあたためることができる 自分で自分を抱きしめることができる それが希望でなくてなんだろう」

涙が出た。今書いていても出る。私は自分で自分をあたためることができるだろうか。好きな男の腕ではなくて、28年間文句も言わずにずっとついてきてくれた両腕で、掌で、あたためることができるだろうか。

いつも好きな人には自分の弱いところを見せることができた。時期によってその弱い部分は徐々に変化してきた。弱さをなくすことは、はなから諦めていた。泣いて、慰めてもらって、元気になって、また泣いた。悲しいことがあっても、夕日が沈んでも、じーんとするようなことがあっても、すぐ泣く。

寺山修司が言う。

「ガラス玉を星のかけらと思いこめる感受性は、その星のかけらの鋭い刃先でみずからの心を傷つける」角川文庫『ポケットに名言を』

傷つくことは避けられない。どれだけお金があったって、頼りになる人が近くにいたって、あたたかなご飯を食べたって、いつだってむき出しのまま暮らしていくだろう。心に鎧をつけることは容易いけれど、そうではないことを選ぶことにしたのは、茨木のり子の『汲む』に救われて来たためだし、いつまでも新しい日々を生きたかったからだった。それらを慰めてくれる腕を男の子ではなくて自身の中に求める時期が来た。

周りもみんな結婚を考え出す年齢になった。結婚しようと、しまいと、恋人がいようと、いまいと、私たちは自分で自分を変えていくほかない。弱いところを他人に見せながら、そうして自分自身でもそれを抱きとめながら暮らしていく。

きっと今までもそうだったのだけれど、より強くそう思うようになった28歳冬。もうしばらくは恋愛をしない、というのは少し残念で、少しほっとする。

#恋愛 #結婚 #好きな人 #ダルちゃん #寺山修司 #アラサー #コラム  

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