見出し画像

子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から

中1の娘はイギリス好きの英国王室好きである。英国の現代史を語る時にパンクは外すことはできない。過日NHKで英国現代史の番組をやっていた。番組が1970年代の高失業率、スタグフレーションについて言及したので、この不況が一因でセックスピストルズは誕生した。彼らはイギリスのアンセムと同様のタイトルで女王は人間じゃない、とこきおろした等と言うと親の仇(って親は自分なのだが)に対するように眉間にシワを寄せ、「わたし、その人たち嫌い」と吐き捨てるように言うのである(ちなみに娘が好きなのはビートルズだ)。

と保守的な彼女だが、ブレイディみかこさんの著書は好きなのだ。中学校では毎朝読書の時間がある。その時間に『子どもたちの階級闘争』を読みたいと言うので図書館で借りてきた。10日間ほど経って、あの本読んだ?と聞くと読んだと答える。彼女の年齢を考えたら難しいと思うので、ちゃんと理解できたか疑わしい。

私もブレイディさんのファンなので本書を読んでみた。彼女がイギリスの保育士として働くのは平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準、と言われる地区にある無料の、いわゆる底辺託児所だ。

「子どもは親の鏡」という手垢がつきまくった言葉はしかし、地球上どの国でも普遍的だ。本書には子どもとは思われないほど(いや、子どもだからこそか)攻撃的で凶暴な三歳児や五歳児はDV家庭だからだし、Fワードを連発する一歳児は18歳の両親が家庭で頻繁に使うからだ。

その底辺託児所でボランティアとして働くロザリーという20歳の女性がいる。彼女は大学で小学校幼稚部教諭になるために学びながらカフェや民間の保育園でも働いている苦学生だ。
それならここでタダ働きしなくてもいいのだが、彼女も小さい頃にここに預けられていたらしい。母親はヘロイン中毒で父親はDVで刑務所を出たり入ったりしていたという。静かで落ち着いた彼女からは想像しにくい。

ある時、他の子どもに噛みついたアリスという女児にロザリーが止めに入った。
「アリス、やめなさい」
と噛みつかれた子を抱きしめようと手を差し伸べたロザリーに、びくっとしてアリスが身を縮めた。親に叩かれている子どもは大人が間近で手を動かすと反射的にする行動だ。
底辺託児所ではよく見られる、被虐待児の特徴である。
その時、ロザリーはぴしゃりとアリスに言った。

「アリス、そうやって怖がるのもやめなさい。そうやってびくびくすると、それが気に障ってもっとあなたを叩きたくなる人たちがいるから。叩かれたくなかったら、堂々としていなさい。とても難しいことだけど、ずっとそう思って、そうできるようにしていると、そのうちできるようになる」

彼女の育ったバックグラウンドから説得力がある言葉でもあるし、彼女自身がそう意識してきたことは明白だ。

そして次の著者のことばを読んで、私が彼女の文章を好きなわけがわかった気がした。

「ロザリー。とは、英語でロザリオのことだ。
同じ祈祷の言葉を幾度も幾度も反復するロザリオ。
同じ腐った現実を幾度も幾度も反復する底辺社会。
しかしアンダークラスの腐りきった日常の反復の中にも祈りはある。
とても難しいことだけど、ずっとそう思って、そうできるようにしていると、そのうちできるようになる。
ロザリーはきっとその祈りを全うするためにここに戻ってきたのである」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?