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辻仁成『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』に泣いた

現在小六の娘はなかなかユニークなところがある。そのユニークさをみんなに知ってもらいたいと時々SNSに上げるのだが、それが露見すると怒る。

勝手に人のプライバシーをあばくな!虐待や!

最近は何でもかんでも虐待であり、差別でありSDGsだ。しかし勝手に人のプライバシーを、というのはその通りだ。もし自分の親が同じことをしたら私も同じ感想を持つ。人の嫌がることはしないというのは黄金律ではあるが、面白いことの価値観は黄金律に勝る。だから書く。
ゆるせ娘よ。

妻もあまり人前で目立つことを嫌うほうだ。神経質でキッチリしているし、ルールは遵法する。妻のキッチリと私のユルユルで言えば、娘はキッチリが勝っている。私のユルユルは完敗だ。キッチリとユルユルがほどよくブレンドされれば魅力的な人物かつ楽しい人生を送れるんじゃないかと思うのだが、実際にはどうなんだろう。

先日自宅の湯船に浸かっていたら、バーンとドアが開いて妻が「あんた、またいい加減なこと書いたやろ!」と怒り心頭である。

SNSに上げた投稿を私のスマホで読んで(ちなみに妻はSNSをいっさいやらない)、事実誤認だと怒っているのだ。だがしかし、それは些細なことであって笑って済ますほどのことであると思うのだが、人によって感じ方は様々だ。

すみません。

私は湯船の中で謝った。

その数日後、自宅の湯船に浸かっていると、またドアがバーンと開いた。

「また勝手にSNSに上げたやろ!」

今度は娘だ。この時ほど妻と娘の遺伝子を感じたことはない。

「この前、もう勝手にアップしないって約束したやろ!」

すみません。

悪いのは私なのだ。もう二度とアップしないことを約束させられた。今度アップしたら一生口をきかないそうだ。
スマホの暗証番号を変えればいいのだが、それほど姑息なことはしたくない。って、盗人にも三分の理か。

娘は将来パパを施設に入れると言う。それでいい。子どもの負担にはなりたくない。時々訪ねてくれれば充分だ。一週間に一度とは言わない、一か月に一度、無理なら半年に一度でいい。

離婚した辻は小学生だった息子とパリで二人暮らしを始め、息子は現在高校生(刊行当時)。
シングルファーザーにとって最初のネックが毎日の料理ではないだろうか。辻は毎日食事や弁当を作る。料理本を出すほどの腕前だ。彼が料理好きになったのは母親が料理する姿を見ていた影響だという。
母親はこう言ったそうだ。

「ひとなり、苦しいこと、悲しいこと、辛いことがあったら、ジャンジャン炒めて、ガンガン食べるんだよ。人間は腹いっぱいになれば眠くなる。寝て起きたらもう嫌なことは消えてるからね」

うちも料理担当は私だ。妻は料理が得意ではない。目玉焼きは作れるが卵焼きは作れない。
人それぞれ得手不得手がある。例えば私は車の運転が苦手だ。車を運転する時は私はいつも助手席だ。
娘の塾で面談があり、室長が「夏休みは塾にお弁当を二つ持ってきて一日中勉強しているお子さんもいます」と妻の顔を見ながら「お母さんの負担が大きくなりますが」と言うと妻は「はあ」とバツの悪そうな顔をしていた。

仕事が終わって夕食を用意するのは大変な時もあるが、栄養を考えて料理を作り、家族が美味しそうに食べてくれれば最高である。
先日、コチジャンとニンニク、しょうがその他色々を混ぜた手羽先を出したら(クックパッドで一位になってた)、いつもは無言で食べている娘が「おいしい!パパ何で料理上手なの?」と聞いてきた。「パパは小さい頃から料理が好きだったから」と鼻高々である。私のヒーローはルフィーでも桜木花道でもなく、『クッキングパパ』の荒岩だ。

辻は料理をインスタントや惣菜で済ませない。食べることは生命を繋ぐ以上のものがあると彼は知っている。

ある日、ガールフレンドの家庭に泊まってきた息子が家族の素晴らしさを力説し、辻に再婚を勧める。

「家族って、日々に意味を教えてくれる存在なんだと思う。パパと二人で生きることができてよかったけど、ずっと二人っきりというわけにはいかない。僕のことなんか気にしないで探しなよ」

それに対して辻は人には期待してない、期待しすぎるから人間は苦しくなるんだよ、と答える(彼は三回の離婚歴がある。三回目は妻の不倫らしい)。

「それ、パパの口癖だけど、間違いだ。アンナの家族はみんな期待し合ってた。みんな、ものすごく家族に期待していた。僕は羨ましかった。期待し合えるってすごいことじゃない?たとえ裏切られても期待し合える関係って僕は素敵だと思う」

息子は恥ずかしがり屋で内気だけど、感受性があり、他人の気持ちを推しはかることのできる子だ。うちの娘と似ている。

「パパ、他人に期待してもいいんだよ。そろそろパパも誰かに期待をして生きてもいいんじゃないの?」

息子に説教された辻は居心地が悪くなり、視線を逸らす。そして最後にこう締められている。

地平線の向こうに、夕陽が沈もうとしていた。

その時の辻の心境がよくわかる場面だ。

ある時のこと、息子が友だちについて言う。

「パパ、いい?友だちを大切にした方がいいよ。本当に苦しい時には友だちが助けてくれる。仕事の仲間は、お金は貸してくれても、助けてはくれない。でも、友だちは損得で動かないから、苦しい時にこそ意味のある話に面倒くさがらずのってくれる。本当に苦しい時に友だちが味方になって手を差し伸べてくれるんだ。人間ってそうやって生きていくのが僕は一番人間らしい生き方だと思う。間違ってる?」

最初はカチンときていた辻だが、最後には感動して涙が出そうになった。

「『お前は友だちが財産だ。日本人なのにフランスで生まれて、この国で生きていく上で友だちが一番の財産になるよ』って僕が小さい頃にそう教えてくれたじゃない。この人たちとつながっていることで、僕は苦しみや悲しみや悩みから遠ざかることができている。パパのおかげだ」

うん、子どもって見てないようでよく親のことを見てるし、小さい頃に言われたこともちゃんと覚えてる。

二人は息子が小五の時からずっと暮らしてきた。そして彼が大学に合格したところでこの物語は終わる。大学生になると親から離れて一人暮らしをすることになるのだ。大学受験が終わった二人はレストランで食事をし、その帰り道。

毎日毎日この道を歩いたなぁ、と辻は思い、号泣しそうになる。

本書を読んでいて何度も涙が滲んだ。
これから二人はどうなっていくのだろう。息子はやがて大学を卒業し、就職して家庭を持つだろう。辻は自分のやりたいことがあるので寂しく思いつつ、自分の道を楽しみ葛藤しながら生きていくと思う。

私も将来、子離れしなくちゃいけない。
「20歳になるまでパパとお風呂に入る」と言っていた娘が唐突に入らなくなった。ご飯はいつまで作れるんだろう。

娘は「バカじゃない?」と時々言う。ムッとして「バカって言うな」と言うのだが、ふとその時父のことを思い出す。父は厳格で側にいると緊張した。バカなんか言えるはずもなかった。言いたいことを言える親子はいい関係性だと思う。

良書です。多くの人に読んでもらいたい。
そしてこの文章が妻と娘に見つかりませんように(笑)

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