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『水車館の殺人〈新装改訂版〉』(綾辻行人)

Photo by Guy@Fawkes

美しい少女が山奥の館になかば幽閉されている…だなんて、少し妖しげな雰囲気で、それゆえに心惹かれてしまう。
『水車館の殺人』は、そんな妖しげで魅力的なモチーフを取り入れながら、さらにミステリとしても完成度の非常に高い作品である。雰囲気がどことなく暗く、儚く、そして美しい。そこにこそ、この作品の良さがあると思う。
以下、ネタバレも含みつつ感想を述べるため、未読の方は注意していただきたい。

物語の構造

章ごとに過去と現在が交互に描かれ、徐々に謎が解き明かされていく構造である。特に「藤沼紀一」の一人称で語られる現在の章は、最後まで読み終わったあとに再読すると、なるほどそういう意味だったのかと納得するとともに、少し悲しい気持ちになる。特に「私には弾けない。あの時の、正木慎吾のようには」という台詞は再読した際に非常に胸に刺さるものであった。

また、水車というモチーフは「回転し続ける」「水が流れ続ける」というイメージであるが、これは「時間」と共通するイメージなのではないかと思う。「紀一」が由里絵とともにひっそりと、時を止めるかのように余生を過ごしたいと考えているのが、時の流れを象徴するかのような水車館であるというのは、なんとなく皮肉のように思われ、悲哀を感じさせるものである。

叙述トリック

特に「正木慎吾」の死体が燃やされている場面の描写において、わかりやすく違和感を覚えさせる表現を多用している。ミステリ好きであれば容易に結論に辿り着けるだろうという旨を新装版あとがきで著者自身が記していたが、実際、おそらく「二重の入れ替わり」を一定数の読者が見抜いたのかもしれない。
ただ、トリックや動機のすべてを結論づけるにはしっかり読み込む必要があり、謎自体はそこまで難しくないまでも、ミステリとして非常に完成度が高いと感じた。

総括

冒頭で美しい少女というモチーフについて書いたが、水車館の構造、特に由里絵の部屋の部分の構造はまるで鳥籠のようだとふと思った。
この作品はミステリであると同時に、鳥籠の中で羽ばたこうともがく一羽の小鳥、すなわち外の世界に出ようともがく一人の少女の物語でもあるのだ。やはり綾辻行人先生の作品は「妖美」という表現が似合う、と思う。

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