無題55

ミズタマリ 1-1

2006年にmixiの日記に書いてお友達に公開していたもの。

−あらすじ−

小林カイトは中学一年生、
彼には同じクラスの松井アキラという友人がいる。
アキラとは家が近いが学区が違うという事があって小学校は違った。
夏のある日、カイトの家に遊びにきていたアキラはひょんな事から、
カイトの家に伝わる古い杯の秘密を知る。

子供が作ったようなその杯の名は「ミズタマリ」
その杯の向こうには別の世界があると言われていた。

端からそんな話を信じず笑い飛ばすカイトと考え込むアキラ。
秋のはじめ、複雑な家の事情でこの世に絶望していたアキラは、
カイトの隙を見てミズタマリの中に飛び込んでいった。
全てを捨てて…

その瞬間から、ミズタマリの不思議な力で、
松井アキラはこの世にいなかった事になっていた。
ミズタマリを持つカイトと、
カイトの父を除いて誰もアキラを知っているものはいない。

今までアキラの持っていたもの、
クラスの友人も彼の幼馴染も、いつの間にかカイトのものになっていく。
最初はそれが心苦しかったカイトだったが、
アキラの家の事情を父から聞き、戸惑いながらも受け入れていった。

季節は移り、木枯らしが吹く頃。
アキラの幼馴染の小林香とカイトは親しくなっていた。
その香が、何者かにさらわれる。
警察や近所の住民が必死に捜索する中。
カイトはしまっておいたミズタマリに異変を感じる。

父の話と残されたノート、それらから香の行き先を知ったカイトは、
ミズタマリの中に飛び込んでいった。

それがどういう事になるのかも知らないで…

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ミズタマリ

雨がざあざあ降っている…
傘をさしているのに、カイトはもうびしょ濡れだ。

髪が顔にペタリとくっつくような酷い雨。

「もう少し、こっちに寄ったら?」

横から声がする。

香が傘を持つ手をカイトに近づける。

香の体も、カイトに近寄った。

雨で暗い大気の中に、白い首筋が浮かんで見える。

「いいよ! もう俺、走って帰るから!!」

一瞬で上がった体温を下げるように、
そう言ってカイトは、香の傘の下から駆け出す。

急に降った雨、差し出された傘、
赤らめた顔と、照れくささ、ほんの少しの喜び。
それから今、逃げるように走り出す自分。

家が近所だっただけの顔なじみ…
ほんの道一つ隔てて、小学校は違う学区だった。
おせっかいで、少しうるさい女。
中学に入ったばかりの頃はそう思っていたけれど…

夏休みまで香の隣に座って解かった事がある。

自分が彼女に惹かれていること。
彼女には好きな奴がいること。

そしてそれは、カイトの友達だということ。

「俺って、何考えてたんだよ!」

香の肌を何度も思い出す自分を責めながら、

カイトは雨の中走り出す。

黄色い落ち葉の浮く大きな水溜りに足が飲み込まれて、
お気に入りの靴とズボンが汚れても気にならない。

今の自分の気持ちを雨で流すように、
この想いを、はやく忘れてしまうように、

どんどん強まる雨にうたれて、カイトは走った。