ミズタマリ 2-6
ぱしゃん!
湯が跳ねた。
カイトが父の入っている浴槽に並んで座ると、そこは、少し狭く感じられた。
「おまえ、大きくなったなぁ… 」
父がカイトを見ながら、しみじみと言った。
「そうかな? これでも身長は低いほうなんだけど… 」
ぼんやりと、毎日のように父と入浴していた頃を思い出していたカイトは、 嬉しそうな父の声と視線に、少し照れて、そう答えた。
「そうなのか? 何しろ一緒に風呂に入るのは久しぶりだからな、確か、四年生か、五年生になったばかりの頃から、 カイトが一緒に入るの嫌がったからな、最初は父さん寂しかったよ。 何しろ、年を取ってから出来た、自慢の一人息子だからな、 可愛くてしょうがなかったから、何か原因があって嫌われたのかと思って、色々な人に相談して、これでも父さん、随分悩んだんだぞ、 大きくなったんだよと皆に言われても、やっぱり寂しくて、仕方なかった。
でも、いつの間にか自分の事を言うのに、僕から、俺に変わっていて、 それに気づいて、父さんは感動したんだよ、男らしくなったなぁって、」
父がそんな事を、おどけた口調で言うので、 カイトはくすぐったい気分になって、少し笑った。
すると、張り詰めていた気持ちがゆるんで、ほんの少し心が軽くなった。
「ああ、少し表情が変わったな、随分と良くなった。 いったい、何をそんなに悩んでいるのか、話してごらん。」
父が、静かに、カイトに聞いた。
「父さん… 」
最初はポツリと、そして最後は苦しい嗚咽のように、 カイトは、全てを父に話した。
夏休みの事、杯の事、ノートの事、昨日の事。
そして、アキラが、吸い込まれた事と、アキラを忘れた人達の事。
「アキラ君は、自分で行ったんだね。」
話を聞いた父は、、カイトに念を押すように、そう聞いた。
「そうだよ、アキラは最初に杯の話をした後、ノートを読んでわくわくしてた。 昨日も、随分興奮して、杯で実験をしてみたかったのかもしれない。 でも、吸い込まれる時に、助けを求めてたんだ、恐かったんだと思う。 だって、アキラは、その時、小林さんに摑まろうとしていたんだ。」
カイトは、父の問いにうなずきながら、そう答えた。
「小林…ああ、あの可愛らしい香ちゃんか、 確か昨日アキラ君と一緒に来たと言っていたね、 …妙だな。 だが、あのノートを読んで、アキラ君が自分で望んだのなら、 それは、仕方の無いことなんだよ、全て忘れなさい、カイト。」
「何で! だって、俺のせいで、俺があんなものを見せたからアキラが…」
カイトは、信じられないような顔で父を見た。
「アキラ君は、望んで行ったんだ。きっと苦しかったんだよ、現実が、 大丈夫、心配はいらない、向こうでは輝也さんが面倒を見てくれる、 心が辛くて、この世界ではどうにもならない人たち、 そういう人たちが、生きていける場所なんだよ。あそこは、」
カイトの苦しみが解かった父は、 今まで言わなかった事をカイトに話はじめた。
それは、いずれカイトにも教えなければいけない事だった。
「ミズタマリ」の話だ。