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「ボールはともだち」に隠された罠

「ボールはともだち」




誰もが知っているこの名言


私は、この言葉を当初、

ボールはともだち。たくさん触って、たくさん仲よくした分、自分の思った通りにボールは転がっていく。

友達になれば、自由自在にボールを扱えるよ。



というメッセージだと思い込み、

暇さえあれば、ボールを触り、小学生の時は机の下で、先生に見つからないくらい小さいボールをコロコロ転がして触りまくっていた。



このアニメを見てボールを蹴りながら学校に向かった幼少期の人もいるのではないだろうか。


本来は、

「ボールはともだち、こわくないよ。」というフレーズで

シュートが怖い森崎くんへのボールへの恐怖を取り払ったアドバイスである。




らしい。

ボールはともだち

というフレーズのみが先行して

怖くないよ

の部分が薄れてしまっているような、、

コアなファンからしたら
知ってて当然フレーズだと思いますが、


漫画を持っていない私は
インターネットでポチポチして調べると

シュートの恐怖心を取り除くアドバイスに用いられたみたいですね。



この「ボールはともだち」という呪縛は
世代を超えて現代のこどもたちにも広く浸透し、
いわゆるサッカー小僧といわれるサッカー大好き少年少女が、
うまくなるために、ボールを一人でたくさん触る時間と並行して、ボールフィーリングの上手な選手が増えてきたように思う。



しかし、サッカーは本来、一人で行うものではない。

味方がいて、相手がいて、監督、コーチ、審判や家族、サポーターいろいろな人がいて成り立つスポーツであり、

一人の時間がどんなにうまくなっても、サッカーにおいて勝利をあげる事は叶わないだろう。





最近の練習の中でも、本来つながりたいのは味方なのに

ボールばかりに目を向けて

味方と繋がれず

息が合わない選手たち。

「お友達はボールだけだねぇ。」と、思わず言ってしまうくらい

ボールとお友達。





幼少期の一人でボール触る時間はたくさんあっても、習慣は減らしたい。なぁ、、と。





お家でボールをたくさん蹴って練習する前に、

一緒にボールを蹴ってくれる仲間を作って、

近所や学校でボールを一緒に蹴って遊んでいる方が数段サッカーはうまくなると思う。





「時間があるから自主練しよう!」でまず友達をサッカーに誘う、そんなサッカー小僧になってもらいたい。


ランニングに出かけるにも一人ではなく「だれか誘おう!」になってほしい。


「グラウンドに早く着いたから練習しよう!」が、「早く着いたから、誰か早く着く人いない?一緒にボール蹴ろう!」になってほしい。







そうして、人と人が連携連動していくサッカーが増えていくのを期待したい。

ボールはともだち

本当の意味は

今も昔も変わらない

失敗したって大丈夫だから

たくさん挑戦、チャレンジしてみようよ

そう理解してると

ボールはともだち

いい言葉だなあ

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