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侵略少女エクレアさん(2)

 この先の信号のある交差点で、人が集まっている光景が見えた。

 何だろう? 人が倒れている……。女の子が倒れている……。
 道路脇に、赤いスポーツカーがハザードランプを点滅させて停車している。

 まさか!

 僕は人をかき分けて、倒れている女の子に駆け寄る。
 信号機のそばの車道に、額から血を流して倒れている女の子は、香月さんだった。
 全身からスーッと力が抜けて、その場にしゃがみ込む。

 この場合、どう行動すればいいのか、どのような顔をすればいいのか、本当にわからない。

 香月さんの腕や脚がうっ血して青く腫れ上がっている。

「香月さん!」

 香月さんの肩を揺すろうとすると、そばにいたコンビニの制服を着たおじさんに止められた。

「ああ、ダメだよ。揺らしちゃ。きっといろいろと折れているだろうからね。無理に動かしちゃダメだよ。今、救急車呼んだから。……君、この女の子の知り合いかい? そう。私ね、全部見ていたけど、この女の子、なんかフラフラしながら歩いていてね、どうしたのかなって思って見ていたら、赤信号なのに止まらなくてね、車道に飛び出しちゃって。車の方もブレーキをかけたみたいだけど、スピードを出していたみたいでね、止まれなかったんだ」

 コンビニ制服のおじさんは、僕を諭すように語ってくれた。

 僕のせいだ。

 事故とはいえ、香月さんにあんなところを見られてしまったからだ。

 僕のせいだ。

 僕がエクレアの美貌に誘惑されて、さっさとアパートから追い出さなかったからだ。

「アルト! どういうつもりなのよ! 嫁入り前の女の子に、あんなことやこんなことをしたあげくに、ほったらかして出て行くなんて、信じられない!」

 太陽を背にして、両手を腰に当てるエクレアが、いた。
 ギョッと、周りにいる人達が僕とエクレアに注目する。

 こらこらこら、その言い方、他の人が聞いたら誤解するでしょ!
 って、もう遅いか……。

「それからぁ! あたしだけザラアースに帰れっていうの? そんなことできるわけないじゃない! あんたも一緒に帰るの! 何があったのかは知らないけど、あんたは地球に未練があるみたいね。だけど、あんたのお父様やお母様は心配しているのよ! わかってんの?」

 と言って、エクレアは僕の腕を掴んだ。

「エクレア、待て!」

 エクレアに掴まれた腕を振り払う。

「往生際が悪いわね。アルト、一緒に帰るわよ。調査のために、ビットカメラというお店で買った、スマホという通信機は壊れちゃったけど、ちゃんと本部から支給された万能通信機も持っているんだから」

 エクレアはスマホよりもひとまわりほど小さい万能通信機を、スカートのポケットから取り出すと、その画面に指を走らせた。

 そうなのか……。
 あのスマホ、本当に調査のために買ったのか……。

 エクレアは、本当に、アクシオンとかいう宇宙船で地球まで来た異星人、だとしたら……。

「エクレア!」

「はいっ!」

 僕の声で、エクレアは目を丸くして指を停止させる。

「エクレア、聞いてくれ、僕の大事な友達が事故に遭って、今にも死にそうなんだ。もし、本当に君が異星人だったら……、その君の星の科学力で治してほしい……、頼む! お願いだ! お願いします」

 額を地面に着けて嘆願する。
 何をやっているんだろうな僕は……。
 異星人なんか、いるわけないじゃないか……。

 エクレアは……中二病で……単に異星人ごっこを楽しんでいる……家出少女なのに……。

 エクレアからの返事が、ない。
 ははは、やっぱり、おまえ、地球人だったのかよ。ははは、はははは……。

 ……クソッ!

「エクレアの嘘つき! おまえは、ザラアースからきた異星人じゃなかったのかよ!」

「うるさいわね!」

 思いっきり頭を殴られた! エクレアに!

「それと、あたしを異星人って、言うなって、言っているでしょう! このバカ!」

 また頭を殴られた! エクレアに!

「異星人という言葉、なんか嫌なのよね。昆虫の化け物のようなイメージがするのよね」

 ブツブツと呟きながら、エクレアは車道に倒れている香月さんの観察を始めた。
 万能通信機から出る青い光を、香月さんの身体に当てて何かを計測している。
 救急車のサイレン音が聞こえてきた。
 やっと救急車が到着したようだ。
 これで、香月さんもきっと助かる!

「助からないわ。この子の心臓、止まっているもの」

 エクレアは厳しい表情で言った。

「……嘘だろう? 心臓が止まっているって、どうしてわかるんだ?」

「嘘じゃないわ。早く蘇生治療をしないと、このままだと死んでしまう」

 嘘だ……、香月さんが死んでしまうなんて。嘘だ……。
 いや、騙されるな、こいつは地球人だ。
 事故にあった少女をまえに、今にも死にそうな少女をまえに、それでも異星人の設定にのめり込んでいる、頭のいかれた、ただの地球人だ。

「君たち、どいてどいて」

 消防隊員が担架を持って現れた。香月さんをゆっくりと丁寧に担架へと乗せる。
 パトカーも到着し、降りてきた神奈川県警の警察官が赤いスポーツカーの運転手とコンビニ制服のおじさんから話を聞き始めた。
 エクレアは万能通信機を握りしめ、担架で運ばれる香月さんを、ただじっと見守っている。

「アルト、心臓が止まったのは今から30秒ほど前よ。あと2分30秒以内に心臓を動かさないと、脳細胞に支障が出始めるわ。だけど、肋骨が数本折れていて肺に突き刺さっている。地球のAEDは使えないわ」

 クッ!
 まだ、異星人ごっこを、続けるのかよ!

「もういいよ。エクレア、もうやめよう」

「やめる? 何を止めるの?」

 平然とした顔でそう返したエクレアに、ついに、抑えていた僕の感情が爆発した。

「もういいって言っているんだ! もう、君の妄想や設定にはついて行けない! 僕の大事な友達が死にそうなのに、よく君は、そんな遊びができるな! 呆れたよ! 君とはもう付き合えない! 今すぐ、僕の前から去ってくれ!」

 バチ――ン!

 思いっきり、頬を引っぱたかれた! エクレアに!
 なぜ僕が、こんな仕打ちを受けなくてはならないのか、わからない。

「遊びじゃないわ。それに、大事にとっておいた、あたしの唇を奪っておいて、もう付き合えない、去ってくれって、いったい何? アルト、あんた、いつからそんな情けない男になったの? あたしの知っているアルトは、バカだけど、もっと勇敢で、もっと男らしかったわ」

 エクレアの、その眼差しは、恐ろしいほど真剣で、
 エクレアの、その強い瞳は、僕を圧倒していた。

「それに、ザラアース人は救える命は救う。絶対に見殺しにはしない。それがザラアース人であろうと、地球人であろうと、関係ない! 今から恒星間宇宙船、アクシオンをここに呼び出すわよ!」

 そう宣言すると、エクレアは万能通信機を唇へと近づけた。

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