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自然が助けてくれること | 自然の愛撫


今日は朝からちょっと心が挫けていたものですから、
そういう日は、さっさと外に出て、
森の聖地で体を動かし発声練習をするに限る。

朝日を浴びて朝露で覆われた草原を突っ切り、
森の聖地で樹木たちに挨拶をする。
彼らはいつも静かに佇んでいる。

ざわざわした心を感じながら、何が悩みポイントなのだろかと、
天と地の間で思いを巡らす。
とうとう考えることにも疲れ果て、祈るしか手立てがなくなった。

祈りを捧げていると、鳥たちが飛んできた。
いつも草原で餌をついばんでいる百羽ほどの大集団。
少し視線を飛ばすだけで一斉に飛び立つほどの警戒心の強さ。
その鳥たちが次々と頭上に広がる幹にとまり始めた。

大いなる存在と繋がっていた私は真剣で、
鳥たちの喧騒で我を失いそうな気持に耐えながら祈り続けていた。
さらに次々と頭上にやってくる鳥たち。

何故今日に限ってやってくるのだろう?

もうそれはちょっとしたカーニバルのような一本の生命の樹。
そして、ああ、これが答えなのだな、とようやく気がつく。

私はフォーカスポイントを少しずらす必要があったのだった。
目の前のことから、鳥が羽ばたけるくらいの少し遠くへと。
そうすれば、この鳥たちのように
自分の中心である一本の樹に力を集めることができる。
とてもシンプルな気持ちの切り替えだった。

苦しみは、変化を恐れる痛み。

霊的な道でさえも、どんなに注意をしていても、
執着という蜜に絡め取られそうになる。
それは決して悪いことではないけれど
時がきたら手放すもの。
その先へいくために。

私は初めてこの聖地に座って瞑想することにした。
蟻たちが体中を這いまわるのも今日は良しとした。
目の前に大きく広がる鳥たちの楽園の森に向かって座り、目を閉じる。

聞こえてくる虫の声は規則正しい倍音のリズム。
カラスの響き渡る人懐っこい声。
小鳥の布を裂くような甲高い音。
コロコロ弾ける川の水音。

全方向を取り囲む野生の音に、
ここがどこであったのか方向感覚を失い、
アフリカのサバンナの香りが漂う。

ガビチョウが鳴き始め楽園に濃い色を添える。
二度とは同じフレーズを歌わないガビチョウの即興歌は
私の心を踊らせる。
理解不能なジャングルの獣道を自由自在に縫うような、
心もとなく絶対的な確信の歌。

瀕死の蝉が羽音を立てながら悶える音に命の儚さを思う。
もう飛び立つ力さえ残っていない羽を必死に動かして飛び立とうとする、
死に至るまでは生きているという強さ。

深い沈黙に落ちていきながら、ガビチョウと頭上の鳥たちは、
同じフレーズを追いかけるインプロビゼーションであることに気がつく。

楽園の無作為なセッションに、ただ耳を傾ける。

つがいの白鷺が飛んでくる。大木の両端にそれぞれとまり、
一声鳴いて、やがて一羽が飛び去る。

私はたった一人の静寂へと潜水していく。

周りの音が均等なオーケストラとして響きやがて消える時、
精神は自我の殻を脱ぎ捨てる。

ここに在る、ただそれだけのこと。

川の水はただ流れ行き、鳥はただ鳴き飛んでいく。
風が吹き木々を揺らし、空は青く。。。。


そして
わたしは立ち上がる。
日差しで乾いた草原を、まっすぐに突っ切る。

私は、もはや来たときと同じ私ではなく
楽園から自立した
ひとりのイブ。

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