見出し画像

ポーランド映画「ヘイター」

期待よりずっと面白かった!ポーランドのヤン・コマサ監督『ヘイター』

NETFLIX公式によるあらすじは↓

SNSでの中傷戦術という闇の世界に足を踏み入れ、思わぬ成功をつかんだ若者。だがネット上にばらまいた悪意はやがて、実生活に黒い影を落とし始める。

とのことで、「調子に乗った若者がSNSでやりすぎて破滅する」的な、SNSの闇×スカッと映画、かと思いきや、中身も闇ももっと濃かったし、スカッとするどころか後味悪い系超胸糞映画だった…!(そこが良い)

冒頭、主人公のトメク(マチェイ・ムシャオウスキー)は、法学部の学生なのに論文盗用問題で退学になってしまう。退学は嫌だと真剣な調子で懇願するも、「法を勉強する人間がルールを破っていいと思いますか?」と正論でキッパリ突っぱねられる。

トメクは大学の学費をインテリ&裕福な親戚クラスツキ夫妻(ダヌタ・ステンカ&ヤツェク・コマン)から借りていて、退学後に開かれたその家族との食事会では「うまく行ってるよ」とかなんとか嘘をつきつつ、さりげなく盗聴用の携帯を潜ませる。あまりにもさりげないのでツッコミ忘れそうになるけど、なんで盗聴用の携帯持ってるの??(そもそも夫妻の娘ガービを狙っていて、以前からガービのことを勝手に色々調べていたフシがある)

で、会話を盗聴してみると、さっきまで仲良く談笑していた家族が、トメクのことを「食べ方必死w」「よくあんな家住めるよねw」などと言ってバカにしまくっている。この辺で、彼は貧乏な家の生まれで、そのことにコンプレックスを持っていることがわかってくる。でも、悔しいとか悲しいとか、そういう感情をあまり表情に出さないところが特徴かな。

退学になってしまったトメクが見つけた就職先は、ターゲットにされた人物の評判を下げることで稼ぐ会社。まあ、現代版呪い代行業者、といったところ。彼の倫理観の欠如を見抜いて「こいつは使える」と判断した女社長(アガタ・クレシャ)に採用される。トメクは期待に答え、メキメキと実力をつけていく。

最初はフェイクニュースを流して人気配信者を破滅させる程度だったのだけど(この時点でかなり胸糞)、大きな転機となったのが政治案件への介入だった。

勢いに乗るトメクに新たに与えられた任務は、リベラル派の政治家パヴェウ・ルトニツキ(マチェイ・シュトゥル)の悪い噂を流し、落選させること。

すでに退学と嘘がバレてガービ(ヴァネッサ・アレクサンダー)にフラれ、クラスツキ夫妻にも嫌われてしまっていたトメクは、この一家がルトニツキの支持者であることに気づく。そして、自身の名誉挽回&復讐のために、この任務を利用することに。

ポーランドでも他の東欧諸国と同様、反イスラム・反移民を掲げる右派と、それに反発する左派との対立が深刻化していて、『ヘイター』でも序盤から度々「ヨーロッパは白人のもの!」と主張する右派のデモシーンが映る。

世界中どこでも富裕層は左派、貧困層は右派を支持するのが常のようで、インテリ一家であるクラスツキ家はもちろん左派リベラルのルトニツキを応援しているのだ。

そこに目をつけたトメクは、「和解したい」「信頼を回復したい」とクラスツキ夫妻に改めて近寄り、ルトニツキ事務所のボランティアになることに成功する。

ルトニツキは本当に人柄が良くて信頼できる人で、私も「自分が市民なら絶対ルトニツキさんに投票してる!」と思うくらいなんだけど、トメクを政治に興味がある純粋な若者と信じて頼りにしてしまったのが運の尽き。かわいそう…。

トメクの怖いところは、自分を信頼してくれている人を罠に陥れても一切罪悪感を感じないところ。そして、演技がとてもうまく、本当に純粋な人物の真似を苦もなくできてしまうところ。

暴走したトメクは、配信マニアで武器マニアでオンラインゲームヲタクのネトウヨ男子に目をつけ、女社長に教えてもらった孫子の教え「魅力的で美しい人物を使い敵の注意をそらすべし」を実行する。つまり、ネトウヨ男子お気に入りのオンラインゲームでセクシー美女のキャラクターになって話しかけ、テロの実行犯になるよう唆すのだ。

かくしてトメクはルトニツキに講演会を開くことを提案し、自分はボランティアとして参加。ネトウヨ男子は単独でテロを起こすが、決死の覚悟でテロリストに掴みかかって刺されたトメクは英雄になる。

講演会に参加していたクラスツキ夫妻の娘(ガービの姉)はテロの犠牲になり、復讐完了。何も知らない夫妻&ガービはテロリストを捕まえたトメクに感謝し、名誉挽回。めでたし、めでたし。

…という、怖〜い胸糞映画なのでした。

やり方としてうまいのがテロ実行犯とのやりとりをゲーム上だけにしたことで、これによって相手に自分の風貌はバレないし、元々周りの評判もよくなかったネトウヨが「オンラインゲームでゲームキャラに言われたからやった」と言っても、頭がおかしいんだな…となって終わり(ただ、事件後トメクを疑ってテロ対策担当の警官が来たのに、感情に訴えたらそれ以上追求されないところはちょっと雑じゃないかと感じた)。

この映画、「SNSで壊れて行く若者」風に見えるけど、彼は最初から壊れてるんだよね。好きな女の子の日常が気になっても普通は盗聴しないし、退学の原因になった論文盗用事件についても、反省よりは自分を退学にした学校関係者への恨みを感じる。そして、貧困層である自分を恥じているようだけど、自分は「そっち側」じゃないんだというプライドが高い。こんな仕事をするしかなかった訳でもなく、同情すべき点がほぼ見当たらない。

思いやりや共感という感情が欠如しているのに(から?)やたら他人の感情を真似することに長けている点は、パーソナリティ障害かも。

ルトニツキが評価していたように頭も切れるし、変な会社なんてやめて真っ当に生きればそれなりの人間になれるんじゃないか、と一瞬思ったんだけど、こういう人間が表社会で立派な人物を演じて成功するのはとても怖い。でも、それが世の中ってものなのかもな…とも感じる。

罪悪感なき悪者の成功という意味では『ナイトクローラー』に通じるものがあり、貧困層の爆発という意味では『ジョーカー』っぽくもある(あんなに感情ないけど)。このテーマの映画がちょっとマイナーなイメージのあるポーランドで撮られて、日本人でも十分理解できるところも面白い。

ヤン・コマサ監督、前作『ログアウト』が『ヘイター』の世界とリンクしているらしくて気になるし、最新作の『聖なる犯罪者』は現在公開中なので、近々観に行きます!今後の作品にも注目します!

★K.ROSE.NANASE★


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?