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コーチングの効果①

引き続き子育てと仕事の両立に悩んでいたため、コーチングを受けてみることにした私。

なんとなく感覚的にはつかんでいるのだけど、あと一歩が見えてこなくてね。

ちょっとこの人のこの感覚いいかも、とピンときた方の体験コーチングを受けたので、その体験談。


仕事と子育ての両立が難しいワケ

私の場合、仕事でも人のために尽くしたい気持ちが強く、子育てにおいてもやれる限りやりたいという熱い想いを持っていて、どちらも100%注ぎたくなるから両立できない、という感じ。

仕事でも子育てでも得たい感覚っていうのは、なんとなくわかってきていて、一体感みたいなもののように感じてたのね。

例えば痛くて歩けない患者さんに伴走しながら治療を行い、だんだん良くなっていくプロセスに一緒に喜べる感覚。

夫や子どもと一緒に料理をして、楽しい時間を過ごす感覚。

それをどんな感覚かと言われたら、一体感なんだと思ってた。


子育てでも仕事でも、私が関わるのならそういう一体感をガッツリ感じたい。

だけど、その感覚を突き詰めようとすると、過干渉的な感じになりやすくて、仕事でも子育てでもバランスの悪さを感じてた。

だから仕事はペースダウンをしたし、できた時間でも子育てに奮闘するのではなくて、自分の時間を大切にすることでバランスを取ることにしたの。


それなのに、なんだかモヤモヤが晴れずにいる。

満たされない、こんな感覚を求めてたワケじゃない。

自分でいろいろ感じて考えてやってきてるのに、なんかこう、感覚と考えが一致してこない。


捉え方を変えたい、見てる視点を変えたい

満たされないけど、客観的に状況を見たらね、今がいちばんバランスが取れてると思うんだけど。

なんでこんなにも満たされない気持ちに包まれちゃってんの?

これは捉え方とか視点を変えるしかないと思って。

自分の思考を変化させるには、誰かに介入してもらうのが手っ取り早いし、その道のプロに委ねた方が早いでしょ、と考えて。

今日は朝の5時半からズームでコーチングしてもらった。


さすがコーチ。

私の得たかった感覚は他にあることに気づけたよ。


私が大切にしたいのは「空気感」

コーチングしてもらって、出てきたのは「空気感」。

これ、自分で深掘りしてたときは出てこなかった感覚だった。

私は自分が大切にしたいと思ってきた「一体感」と新しく現れた「空気感」との違いをこう説明した。

「一体感は、投資用語でいうとハイリスク・ハイリターンみたいな感じかな。得られるとめちゃくちゃ気分が上がるけど、うまくいかないとめちゃくちゃ凹んで落ち込むから。

 空気感はそれに対してローリスク・ローリターン。どちらかというとベースな感じ。心地よい感覚。あったかいとかほっこりとか、平和っていうのかな。人を大切にしている空気感が私には必要で、これがないと息ができない。だから仕事も続かないのかも。職場の勤務条件はいいんだけど、職場の空気感でいつも引っかかってる気がする。」


空気感。

自分から初めて出てきた言葉だったのよね。

めちゃくちゃ自分で大切にしたかった感覚だったと思うのに、今まで全然自覚してこなかったよ。

「空気感」でイメージしていたのは、中学のときに行ったボランティアキャンプ。

私の仕事選びの原点。

そのときの空気感はいまだに覚えてる。

私の好きな空気感は今でもそのときの感覚なんだよね。


これをベースに考えたら、私の言動や行動が一気に変わる気がした。

空気感を大切にすることを軸にしたら、私、振り回されずにいられる。

私が大切にしたいのは空気感だから。

一体感だと思い込んでいたけど、もっともっと根底には空気感が存在してたんだーー。

これが自覚できただけでも、自分の中に軸がしっかりとできた感じ。


空気感を大切にしたいと思ってたのに、私、今まで自分で全然自覚できてなかったよ。

なんていうか、私から出てくる言葉って一体感を求めてる感じだったから、同意を求めたり人の話にも共感がベースになりがちで。

職場のスタッフとも一体感を味わいたくて空回りしてるところがあった。

そんなの無理じゃんね、いろんな考えがあるし、大切にしたいことも違うんだし。

でもなんだか共感や同意がベースにあった。

何でそうなっちゃうんだろうっていう違和感もどこかにあったんだけど、自分でそれを理解できてなかったな。


自分がきっと周りもおんなじ感覚じゃないかなーって思いながら発してきた言葉が違和感につながることって多々あってね。

そりゃそうよ、学んできた背景も職種も違えばそうなるわよ。

なのに、私は一体感を得られないのは自分のコミュニケーションスキルが低いからだって決めつけて、もっと上手くならなくちゃって思っていたかも。

そもそも求めてるものが場に合ってなかったよね。


私が大切にしたいのは「空気感」と自覚したら、一気に気が楽になったよ。

人を大切にしたいし、同じように自分も大切にしたい。

「一体感」を求めてしまうと、価値観や考えの一致をどこかで期待してしまうけど、「空気感」だったら、相手に対しても自分に対しても「良いよね〜」で終わる。

なんだこんな簡単なことだったんだ。

求める感覚の違いを自覚するだけで、こんなにも世界が変わる。


コーチングの効果

コーチしてもらうのも楽しかったけど、コーチの話も聞けたのがよかった。

全然違う職種なのに、根底にある想いが近いな、と感じたから。

そして、同じような想いを持ちつつ、結構厳しい世界にいるのになぜ頑張れるのか知りたくて、質問してみた。


そしたらね、感覚的に落とし込まれた「目標」があった。

それを聞いたとき、ハッとしたのね。

私が今まで目標にしてきたことは、私が幸せになる感覚とか満たされる感覚が得られることが前提になかったのよ。

社会的に求められていること、なんとなく刷り込まれてきた「こうあるべき」というカタチだった。

それは例えば、ある程度の年齢になったら結婚して、マイホームを購入して、子どもを産んで、自分の家庭を築くことだったりした。

私はそれを疑いもせず、自分の目標だと思い込み、感覚がついていかないままステップを踏んできた。

ステップは踏めたけど、満たされた気持ちは得られなくて、虚しさばかりが募っていく。


私の心が満たされるような、そんな目標がほしいな。

そう思った。

私の心が満たされる感覚って、どんな感覚なんだろうってずっと考えてきて、一体感だと理解したつもりだったけど、もっともっと大切だったのは空気感で。


その空気感を大切にしていった先にあるのはなんだろう?

自分と周りの人を大切にするという空気感を大切にしていった結果って何かな。

うん、心が安心できる毎日が送れそう。

最終的に欲しい感覚っていうのは、安心感なのかな。

私が私でいていい、という安心感。

周りの人もそのまんまでいい、という安心感。

大丈夫ってこと。

それが実感できる毎日を送りたいよ。


本当は安心感が欲しいのに、私は強迫的に「こうあるべき」みたいなのを信じて、アレコレ良かれと思って言葉にしたり行動したりしてきたんだなぁって、やっと感覚的に理解できた。

欲しいのは安心感。

こうあるべきとは対極にあるような感じだよね。

それなのに、私はこうあるべきに縛られて、自分を叱咤激励し、追い込んでいったんだね。


今の私の短期目標は空気感を大切に過ごして、安心感を得られること。

今の職場でも、それが可能なのか。

つまり私の捉え方の問題で、職場自体は合うところなのか。

それとも合わないのか。


今の感覚でいうと、自分が勝手に引き起こしてる苦しさと、空気感の合わなさとが複雑に絡み合っていて、判断しづらい。

捉え方の変化でどこまで感覚って変わっていくのかな。

ハッキリと言えるのは捉え方の部分もかなり大きくて、そこの変化で起こることは未知の世界。

そんなふうに考えてこなかったもの。

自分の心底求めていることと、頭でこうすべきと考えてることがこんなにも乖離してたなんてね。


目に見える何もかもが、そのまんまでいいってなんてステキなんだろう。


私はいつも向上心がつきまとっていて、もっと良くできないかとか、私にできることはないかとか、できてない部分に着目して、もっともっとと考えてた。

良くなることが私の楽しみでもあったと思うけど、それをすることで私が得たいものが得られていたのは学生時代まで。

結婚してから徐々に崩れ、子育てで崩壊した感じがある。

それなのに、ずっと「良くなること」に執着してたのはなんでだろう。

思い込みとか刷り込みとか、脳に刻まれた感覚って恐ろしいね。


今日から私は「空気感」を大切にするって決めた。

そうすることで得たいのは「安心感」。

そのまんまでいい、を体全体で感じること。

それができたら、変わりそう。

そう思えるから嬉しい。


今日から職場で意識中。

意識改革、楽しもう。

その中で出てきた感覚を大切に、これからの未来を描いていこう。












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