なんでわざわざ斜陽のアメリカに行くんだ?と社長は言った。

留学先と日程が決まった。授業が始まるのが9月だったので8月の中旬にアメリカ入りすることにした。突然のようにやらなければならないことが山積みになった。出発までわずか2か月しかなかった。

まずは会社へ退職する旨を伝えた。7年間お世話になった会社だった。4大卒が入社条件だったのに専門学校卒の私を拾ってくれた。経験がなくマーケティングが全く分からなかったのにマーケッターになるように育ててくれた。

拾ってくれた社長には、アメリカなんて斜陽の国に行ってどうするんだ、と言われた。

確かに当時のアメリカは不況で、反対に日本はバブル経済だった。会社にも日本語を流暢に話すアメリカ人が研修で来ていたくらいだ。日本語を学ぶことが仕事につながる時代だった。日本は今の中国みたいだった。

皮肉なことに渡航してから数年して日本のバブル経済が破たんした。そして不況だったアメリカ経済が好転しドットコムブームがやってきたのだ。

もちろんそんなことは知るわけもなく、好景気の国からわざわざ不況の国に行く社会人的な理由が見つからなかった。正直に

環境を変えて一から出直したいんです。

と伝えた。

昇進させようと思ってたのに、と引き留めてくれた。すごくうれしかった。これまでワーカフォリックでガンガン働いてきてよかった。

私が出張で留守にしている間に元夫が女を家に連れ込んでいたことを後から知った。出張なんてしなければよかったと全然関係ないのに自分を責めたりした。

でも仕事を続けてきて本当に良かった。

担当していたいくつかのプロジェクトをきちんと引継ぎし、取引先に挨拶をして回った。同僚たちは盛大に追い出し会を開いてくれた。

後にこの会社で働いた経験が大学院の学位と同等であるとみなされ、大学院の学位を持つことが条件の今の勤務先に採用してもらえた。そしてアメリカの永住権までサポートしてもらうことになる。

こうして8月の暑い日に7年間働いた会社を後にした。


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