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いつもと違う映画館で

屋台の街として知られる福岡の繁華街、中洲。昨年の秋ごろ、関西から遊びに来た友人と中洲エリアを歩いていたとき「この建物なに?」と、全員で立ち止まった。

目をひく、歴史を感じる建物。見上げると「大洋映画劇場」と書いてある。私もこの道を歩いたのはこの時が初めてで、建物のことも知らなかった。調べてみると、なんと昭和21年(1945年)から存在する映画館だという。当時はあの「チャップリン」の映画も上映されていたそうだ。

掲示されているポスターを見てみると、新作、前シーズンの作品、懐かしの映画と幅広く上映していた。建物の中はどんな雰囲気なのだろう。気になりつつ、この日は後ろに予定もつまっていたのでその場をあとにした。

それから映画を観る機会は何度かあったけれど、この中洲大洋劇場を選ぶことがないままでいた。「映画が観たい」と思ったとき、自宅近くの映画館で観たいものが上映されていたら、そっちに行ってしまう。映画との距離感がそこそこの私は「観る場所」にこだわったことはなかった。

「この映画館、3月末で閉館らしいよ」先月、福岡の友人とランチをしていたとき、そう言って見せてくれたスマホの画面を見て驚いた。中洲大洋劇場は、老朽化の影響で3月末をもって取り壊されるという。

壊された後、どうなるかは未定らしい。3月中は「さよなら興行」と題し、数日ごとに異なる名作を上映するそうだ。

近くの映画館にばかり足を運んでいたくせに「なくなる」と聞くと寂しい。身勝手だとは思いながら、まだチャンスがあるならあの劇場で映画を観てみたいと思った。友人も同じ気持ちだったそうで、一緒に観る約束をした。

その友人とは『キネマの神様』を観る約束をしたのだけれど、私はどうしても、それより前に上映される『ラ・ラ・ランド』も観たくて、ちょっとフライングすることに。その日に初めて館内に足を運んだ。

こちらの扉から中へ

館内に入ると「わあ……」と思わず声が出た。国も時代も違う、豪華な洋館に迷い込んだみたい。公式サイトでは「クラシカル・ヨーロピアンスタイル」と表現されている。人が多くて撮影が難しかったのだけど、壁にはオードリー・ヘプバーンなど、映画スターの写真とともに、劇場との別れを惜しむ手紙がびっしりと掲示されていた。

真実の口だけ無人撮影に成功

そんな館内を見てまわっている間に上映時間が近づき、いよいよシアターへ。すると、今まで自分が通ってきた映画館とは全然違う空間が広がっていて、再び「わあ……」と声が漏れてしまった。

赤が基調のシアター。
全席フランス製だそう
入館時にいただいたポストカードとともに

「いつもの映画館」に慣れていると、この今にもショーが始まりそうな雰囲気にそわそわしてしまう。こんな特別な空間で『ラ・ラ・ランド』が観られると思うと、いつもの映画鑑賞とはまったく違う胸の高鳴りを感じた。

雰囲気以外にも、画面の大きさ、画質、音響とか「いつもの映画館」と違う部分はたくさんあった。それらはすべて「味」となり、特別な体験を届けてくれる。それを噛みしめながら、数年ぶりに観た大好きな作品に涙した。

「映画はどこの映画館で観ても同じ」この日まで私はそう思っていたけれど、それは間違っていた。特別な空間が「映画を観る」という体験を、さらに特別なものにしてくれる。だからこそ「普通の映画館」とは一味も二味も違う空間を提供してくれる映画館は、貴重で尊い存在なのだ。

友人と観た日は別シアター。こちらは青基調

「なぜもっと早くに観に行かなかったんだろ」と後悔もしたけれど「失われる前に観に行けてよかった」と感じる気持ちも大きい。大画面、高画質、高音質、体験型の演出。「いつもの映画館」の技術がどこまで進化しても、この劇場で感じた「味」だけは、きっと再現できないのだろう。

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