前夜
彼とはなれる、少し前の日。
当時、お互いに、それなりに真剣に思い合っていた彼と、特別な夜を過ごした。
いつも通りの夜。
わたしは、彼の腕の中で眠るのが好きだったから、
少し斜めに伸ばされた腕に首をのせて、
暗くて狭い部屋の中で、2人でいた。
あのころ、彼の腕の中は、疑いようがないくらいわたしのものだった。
いつも通りの夜。
だけど翌日から、所謂海外遠距離恋愛がはじまろうという、前夜。
彼と過ごした、最後の夜。
次の日には、はなればなれになる。
スピッツの曲のフレーズみたいに
センチメンタルを、切なさを
1人でじわり味わう夜だった。
乗るのは船ではなくて新幹線で、お別れは朝ではなくて中途半端なお昼前ではあったけれど。
もうすぐ、わたしはこの人とはなれる。
そして、我が道と思う方へ進んでいく。
そのまま寝られなくて、
暗さに目が慣れてから、なんとなく彼を見つめていた。
静かに眠る、わたしより大きくて、優しい
大好きな人のあたま。
これから、離れても
何か大好きな人の感覚を覚えていたくて、私は
輪郭まで記憶にのこりますようにと、
静かに祈りながら、彼を見ていた。
外の街灯の光が当たって、彼の短い黒髪は
輪郭だけ光る
尖った針みたいだった。
そっと触ると、まっすぐに伸びた、短くて柔らかい髪の毛。
見慣れた髪ですら愛おしいと、ほんとうに思った。
わたしの隣に、あたりまえにあって
いつでも手を伸ばせば触れることができた
彼の髪のことは、今でも覚えている。
はなれてすぐ
「わたしと彼」はあたりまえでなくなって
思い合っていた日々は昔のことになった。
真剣に思い合っていたように見えて、
かなしいほどあっけなく終わってしまったけれど
あの特別な夜のことは
思いの絡みあった、わたしの感情は
いまでもわたしだけのものだ。
#エッセイ #失恋 #思い出 #わたしの昔の恋人 #恋愛 #夜