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知恵という羅針盤~『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』を読む

今年最後に、凄い本に出会ってしまった。

タラ・ウェストーバー『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(早川書房)。

読む前にタイトルを見たときには、漠然と「教育の素晴らしさをテーマにした本なのかなあ」と思っていた。

実際には、そんな生やさしいものではなかった。

これは、学ぶことによって人生を根底から取り戻していくひとりの女性の、壮絶な戦いの記録だ。

著者のタラは、アメリカのアイダホ州に生まれ、「サバイバリスト」の家庭で育った。

7歳まで出生届が出されず、父親から学校へ通うことを禁じられ、廃材置き場で危険な仕事を手伝って生活している。

怪我をしても父親は病院へ行くことを許さず、母親が調合する植物のエキスで「治療」をしていた。

さらに、タラは兄から日常的な暴力を受けているが、両親はそのことを認めようとしない。

言葉を失うほど苛烈な子ども時代だけれど、一番恐ろしいのは環境よりも、タラの精神を縛っている見えない鎖だと、私は感じた。

父親の反対を押し切って大学に通い始め、奨学金を受けてケンブリッジ大学に留学することになった後も、タラは家族を切り捨てることができず、何度となく生まれ育った家に戻ってしまう。

襲ってくる罪悪感や無価値観に苦しみながらも、一すじの蜘蛛の糸を手繰るように学び続けることで、タラはやがて自分が育った環境を客観視できるようになる。

私はものごとを知る道を歩みはじめ、兄、父、そして自分自身について、根本的ななにかに気づいた。

タラと家族の間には、次第に絶望的な溝ができていく。

  *

偶然生まれた家がどんな環境でも、子どもは庇護者との間に愛着を形成し、生き延びようとする。

タラのように外界から隔絶され、恐怖に支配されて生きてきた子どもが、本能に抗って新しい生き方を選ぶのは、ほとんど不可能なことに思える。

それでも、タラはやり遂げた。

ジグソーパズルのピースのようにバラバラになった自我を根気強く拾い集め、大学で手に入れた知恵を羅針盤にして、新しい航路を切りひらいた。

恐怖や不安に心を支配され、暴力で他者を屈服させようとするのも人間なら、勇気を持って悪循環の鎖を断ち切り、知恵の光が導くほうへ向かうのもまた人間。

タラの物語は、学びたいと願うすべての人に勇気をくれる。

   *

ドラマティックで、読者の変容を促す本だけれど、虐待やDVの経験、何らかのトラウマに苦しんでいる方が読むと、フラッシュバックのきっかけになる描写があるかもしれない。

心が元気な時期に、おすすめしたい1冊。



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