ネパール5

自分の正義、それをふりかざす状況

ネパール最後の夜、私は病院のベッドで点滴につながれたまま胃痛と戦っていた。ゲストハウスでシャワーを浴びている途中、胃の辺りに違和感を覚え、着替えた頃には全く動けなくなってしまったのだ。

歩けなかった私の最後の手段はフェイスブックメッセンジャー。繋がっていたゲストハウスのオーナーへ連絡し、従業員が駆けつけて病院まで運んでくれた。


何の痛みだったのかは未だにわからない。とはいえ、もしかしたらと思い当たる節がひとつだけあった。

ゲストハウスへ帰る途中で起こった、タクシードライバーと、日本人と、私のトラブルだ。

空が薄暗くなった頃、都市部から少し離れた観光地にいた私は、ネパールの友人に帰りのタクシーをつかまえてもらった。ドライバーは、近くへ行けばわかると思うと言い400ルピー(約400円)で乗ることに。

「もっと安くならないの?」と友人に聞くと、
「最初は500ルピーと言ってたんだ」と、少しあきれた顔で笑っていた。

見覚えのある風景に差し掛かった頃、やはりドライバーは迷っていた。車を降りて近くの人へ聞き始めたので、私も、と思い車を出ると、背の高い、白髪交じりの日本人男性が立っていた。

「わたしも一緒に乗せてください。あなたは、いくら払うつもりなんですか」

大きな男性の声。私は彼の半分にも満たない声でドライバーと約束した金額を伝えると、彼はますます大きな声をあげて私に問い詰めてきた。

「ここまで来るのにそこまでかかりません。あなたはぼられてるんです。そんなに払う必要はないんです」

立ち尽くしていると今度はドライバーにネパール語で怒鳴り始めた。周りの人も反応し、気づくと人だかりが出てきてしまっている。

私を後部座席へ促し、急いで車のドアを閉め走らせようとするドライバー。しかし、車の前で立往生する日本人のせいで前に進めない。


もう嫌だ。ここからならきっと歩けるから、お金を渡して立ち去ろう。

車を出てドライバーへお金を渡し、その場を去ろうとした時、ドライバーが私に向かって殴りかかってきた。握りしめていたはずの400ルピーが、途中で落としてしまったのか、300ルピーに変わっていたのだ。

日本人は私に向かってきたドライバーの手をつかみ、ネパール語で怒鳴り続ける。プラスで100ルピーを払おうとする私に対しても、「あなたは払うべきじゃない」と遮る。

私の中で不安と混乱が混ざる。
早くこの場から立ち去りたい。

「400ルピーは、約束したんです」

日本人にそう話し、ドライバーに100ルピーを渡し、その場を後にした。

私が歩き出すと、送ります、と言って日本人が後から追いかけてきた。
「余計なおせっかいをしてしまっていたらすみません。でも、日本人が騙されているところを見ると、どうしても許せなくなってしまうんです」と話す日本人。その気持ちは私だってわからなくもない。

旅先でのタクシーぼったくりはよくある話だ。交渉下手な私は極力タクシーに乗らないようにしているし、いざ乗るときも周りの人に聞くかガイドブックを見て相場を調べている。日本人の言う通り、私はぼられていたのかもしれない。

ただ、その400ルピーを納得して乗ったのは私だ。合意した金額を後から変更することは、私もドライバーを騙すことになるんじゃないのか。

合意後の今、私は400ルピーを払う義務があると思っている。対価を得るために車を止めて道を聞き、最後まで送り届けようとしていたドライバーのことを考えると、合意した金額よりも少なく払うことはすべきではない。

"騙したり、ズルをして得しようなんて思ってほしくない。"そうドライバーに求めるからこそ、私もドライバーを騙したくない。

もちろん、騙されて不当な金額を払ってしまうことはすべきじゃない。1回騙せると、次も騙すようになり、またほかの誰かが嫌な思いをしなければならない。

嫌な思いはお金の大小に関わらず残るものだ。負の連鎖を止めようと行動に起こすことは、後に同じタクシーを使う人にとって意味のある事だと思う。それぞれどう動くべきだったか、きっと正解も不正解も無かったのだ。

ただ私個人の意見としては、相手に対して誠実でありたいし、自分の中で正しいと思ったことでも、まず状況を見てから発信したい。

ゲストハウスに着くと受付では、穏やかな笑顔でアルバイトの男の子が迎えてくれ、その顔をみた途端どっと疲れが襲ってきた。

今日はもう寝てしまおう。明日早く起きて、最後の街歩きをしようと2階にある自分の部屋へ戻り、シャワーを浴びることにしたのだった。


結局、フライトギリギリまで病院の手続きに追われ、気だるさと未練の残る身体で、私はネパールを後にした。 

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