Yes To Life In Spite of Everything. それでも人生にYesと言う
20代の頃に読んだ「夜と霧」。
最近NHKで、著者である
ヴィクトール・フランクルについて
取り上げていたと母から聞き、
久しぶりに色々思い出しました。
ユダヤ人で精神科医だった彼は、
アウシュビッツからのサバイバー。
「ロゴセラピー」の創始者でもあります。
(自らの生きる意味を見出す事を助ける事で、
心の病を癒す心理療法)
「夜と霧」を読んで一番心に響いたのは、
人は強制収容所のような恐ろしい場所を作って、
そこに無実の人間を送り込み、文字通り、
衣服や財産、家族や恋人、職や夢まで、
その人の人生で大切な全てを奪ったけれど、
たった1つ奪えないものがあったと
フランクルが言った事です。
それは、そのような過酷で非情な環境下でも、
どのようにふるまうかという、その人の態度であった。
態度は、その人が選ぶ事ができる
人間としての最後の自由だったと。
例えば、強制収容所で、自分も飢えているのに、
なけなしのパンを、他の人に与える人がいた。
また、ナチスの看守にも、内緒でそっと
パンを与えてくれる人もいたそうだ。
強制収容所という、恐ろしく、
不条理で、劣悪な環境で、
明日の命もどうか分からない、
自分ではどうしようもできない
絶望的な状況の中でも、
その人のできる範囲の中で、
人としての生き様を曲げないで、
できる事をした人がいた事、
尊厳や崇高さを持ち続けた人がいた事に、
心が震えたのを覚えています。
自分が同じ状況に置かれたら、
果たしてできるだろうか?
多くのユダヤ人を救った人といえば、
「シンドラーのリスト」のシンドラー、
ユダヤ人に命のビザを発行し続けた
外交官の杉原千畝氏、杉原氏と共に
協力したズワルテンダイク・オランダ領事。
軍人にも関わらずユダヤ人にビザを発行するよう
満州国に働きかけた樋口 季一郎氏などが
いましたね。自分の命を顧みず、
人として何が正しいかを問うて、
自分にできる事を毅然として選んだ人たち!
フランクルは、強制収容所での生活の中で、
どんな状況でも、今を大事にして自分の本分を尽くし、
人の役に立つ事や、運命や人生に対して
毅然とした態度をとる事、
そしてそこに、生きがいを見いだすことが
大事なのではないかと言う考えに至った。
与えられた運命に対し、
どのように振る舞うか、
どのような態度で挑むか、
また、そこにどのような意味を見出すのか、
その心の持ち方は、自分で決められる!
そして、誰にも強制される事ができない!
自分が人生のために何が出来るか?を考える
フランクは問いました。
「人生が自分に何をしてくれるかではなく、
自分が人生のために何ができるかを考えよ」
JFKがアメリカ国民に向けてした有名なスピーチ、
「国があなたの為に何ができるかを問うのではなく、
あなたが国の為に何ができるのかを問うてほしい」
を思い出しました。
自分が、どんな人生にするか、
自発的に考える事が大事なんだと。
自分で考えて、自分で決める。
どんな状況であっても、希望や
幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、
その人の運命への向き合い方で決まり、
その向き合い方が、人生を意味あるものへ
していくのだから。
強制収容所でも、自分の存在に意味を見出せた人は、
(例えば、愛する妻や子供達の為に生き延びよう等)
あらゆる困難に耐えられたそうです。
苦しみの中にも、一縷の希望を失わなかったから。
逆に、生きる意味を見出せなかった人は、
クリスマスが過ぎると希望を失い、
精神を病み、次々と死を自ら選んだそうです。
フランクルの提唱した3つの価値
創造価値→活動の自由
家庭・作品・チーム・会社など、
全力を尽くして創る物全てを含み、
それにより感じる価値(生きがい)。
体験価値→楽しい体験
人を愛する事や旅行、
新しい事への挑戦、人との出会いなど
体験で得られる価値。
態度価値→人間が運命を受け止める態度によって実現される価値
病や貧困、争いやその他の様々な苦痛の前で、
活動の自由(創造価値)を奪われ、
楽しみ(体験価値)が奪われたとしても、
「その運命を受け止める態度を決める自由」が
人間には残されているという事。
そして、生には,
まさに死の瞬間まで意味があると言った。
息を引き取るその瞬間まで,
その人によって「なされるべき事」があり、
「意味」があるのだと。
所謂「死に様を見せる」と言う事と
同じなのかなと思います。
自分の取る態度で人生に意味が満ちる
生きていれば、誰でも色々あります。
学校や会社、社会に不満があっても、
今日明日に一気に変えられる訳ではないけれど、
その嫌だなと思う現実に対して、
不条理だなと思う現実に対して、
あなたがどんな態度をとるのか、
それは今この瞬間から変えられる!
嫌な事や、できない事に焦点を合わせず、
今、できる事や、感謝できる点に焦点を合わせれば、
見える世界はあっと言う間に違ってきます!
だから、運命に対する態度を決める自由を行使しよう!
どんな運命に見舞われたとしても、
運命に翻弄されるだけの存在になるのはやめよう!
不条理を引き受け、運命に対して
どんな時にも人生には意味があると信じ、
「これからどうする?」
「未来で待っている人がいるんじゃない?」
「今、できる事があるんじゃない?」
と、自分に問うてみよう!
そう、これこそが、「態度価値」で、
あなたの人生に対する態度を変える事で
今この瞬間から、人生を意味ある物にできるのです。
どんな時にも、どんな事にも意味がある。
自分の置かれた場所で「態度価値」を実践してみる。
最後に、もう1つ、
フランクの言ったことで感銘を受けた言葉を。
信じるというのは、
ただ「それが」真実だと信じるという事ではありません。
信じることを、真実のことにするのです。
単に考え方の可能性にすぎないものを実現することなのです。
*『それでも人生にイエスと言う』より
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