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女性の身体~未来を生きる身体と子宮頚部異形成~

「女性の身体」というタイトルでnoteを書くのは1年と5か月ぶり。
今回、私の身に起きたことで、しばらく考えがまとまらなかったり、コロナ禍によって仕事が安定しなかったりと、文章におこすことを躊躇っていたがやっと書く気になれたので、ここに綴ろうと思う。

私の生理ちゃんが暴れまくる。お久しぶりの婦人科外来

4月のある日。私は婦人科の待合室にいた。昨年ピルを飲むことを止めてからしばらく婦人科にはお世話にならない生活を送っていたが、久しぶりに
「こりゃ病院かな?」という考えが頭をよぎった。

2月頃から生理痛や生理前の鬱症状がひどくなっていたのだ。
元から私の生理ちゃんは荒れやすい。ちょっとでもダメージのある生活を送っただけで、その月彼女は私の子宮で暴れまくる。
最近はそんな彼女の性格を長い年月で理解したうえで、上手く付き合っていたはずだった。確かに、新しい仕事が始まったりコロナ禍になりストレスの多い生活を送っていたりと、機嫌を損なわせるようなことはしていたけど、10日以上彼女は子宮からいなくならないし、鬱がひどすぎる。

「機嫌直してよ~。」と身体を温めてみたり痛み止めを飲んでみたものの相変わらず暴れまわるため、彼女に子宮以外のところまで危害を加えられる前に婦人科へ足を運んだ。

エコーを映してみても特に腫瘍などはなく一安心。そのほかの検査を終え、二週間後までの結果待ちとなった。


二週間後。
婦人科ではじめて鳥肌が立った。
「精密検査を受けましょう。」
にっこり笑いながらそう話す先生の言葉が頭の中で何度も繰り返された。


子宮頚部異形成。“もしも” が現実になった瞬間。

結論から言うと、私の子宮で【子宮頚部異形成】が見つかった。

子宮頚部異形成とは、子宮の入り口にできる子宮頸がんの前駆病変で簡単に言うと子宮頸がんに変化する可能性のある細胞があるということ。
この異形成には段階があって、軽度・中度・高度・上皮内癌そして浸潤癌(子宮頸がん)となる。
今回の精密検査は、異形成があるみたいだからその段階を調べましょうね~というものであった。段階を知ることで、手術などの治療をするべきなのか、自己免疫による自然治癒を待ちながら定期検診を行うべきなのかを判断するのだ。

そもそも、この子宮頚部異形成はなぜおきるのか。
これが一時話題になったHPV(ハイリスク型ヒトパリローマウイルス)の持続感染が原因なのではないかとされている。性交渉経験のある8割の女性がHPVに感染していると言われるが、問題はそれが自然治癒することなく “持続感染” してしまうことで、9割の女性は感染しても異形成になる前に自然消滅するらしい。

私はこれが自然消滅しなかったため、子宮頚部異形成となった。


もともと私は「女性の身体」というテーマで記事を書くくらいに、女性として生まれ子宮を持つ人間だという意識が強かった。ピルを処方されたのは高校生だったし、「自分の子宮が人に比べて何かしらの問題があるかもしれない。」「もしも、婦人科系の病気になったら・・・」と、心配性な性格のせいか昔から意識的に “女性の身体” に考えを巡らす時間は多かった。

でもその “もしも” が現実になったとき。まだ異形成の段階が分からないというのに一気に不安が襲ってきた。その不安の正体は取っ散らかっていて、底なしのぬか床に手を突っ込んでいくかの如く、一定の速度で奥へ奥へとはまっていくようだった。


結果以上に学んだことがあった。 “私の20代とキャリア・結婚出産”


精密検査の結果は軽度の子宮頚部異形成。自然治癒が見込める段階で定期検診を受けるだけでいいという診断だった。

そっと胸を撫でおろし、「免疫が弱いのは産んだ私のせいだ!」「てか私だけの子供じゃない!第一小さいころから身体が弱くて~」と夫婦ゲンカにまで発展させた母親とおろおろ電話の頻度を上げた父親へ連絡をした。底なし沼に手を突っ込んでいた私より苦しんだのではないかと思うとなんだか悪い気がした。



子宮頚部異形成という、“女性の身体” を持つからこその起きたこの事件は
これから20代をあと6・7年生きようとしている私に大きな衝撃を与えた。

「いつか結婚して子供を産むんだろうな。」

24歳独身女性。恋人がいてもいなくてもまだ仕事が大切。遠い未来かのように思えていたはずのイベントは、タイムリミットとして私のすぐ近くの未来として立っていた。
軽度異形成の自然治癒は、自分の免疫が落ちれば可能性が低くなる。とすれば、今までのように身を粉にしてその日暮らしなんてできないし、体調面の変化に敏感にならなくてはいけない。子宮を全摘出するなんて最悪な事態になる可能性を1%でも潰したい。

そんな考えが巡る私はなによりも “出産願望” が強いことに気がついた。
そして、近い未来にあるはずの “結婚出産” を見据えた働き方を考えた。


今までの「仕事のために」「やりたいことのために」生きることで
「自分自身を満たすこと」でしかなかった人生がいつの間にか
「未来の私と一緒にいるかもしれない誰かとそして授かりたい子供」
の人生を考えるようになっていた。


“いつか” は当たり前に訪れない。女性の身体を生きることは未来を生きること。

コロナ禍という先の見えない不安感が世の中を包み込んだタイミングで異形成が見つかったことは、未来についてより現実的に考える機会を与えてくれた。
やりたい仕事をしてキャリアアップして、満足したら結婚をして子供を産む。
そんなことを卵子が老化せず自然妊娠できる年齢までにやり遂げるなんて、想像以上に大変なことなんだと、
“いつか訪れるであろう未来” から、異形成が治らず出産できない可能性、言わば “いつか訪れないかもしれない未来” の可能性を考えたときに現実的になった。

同世代の女性は多少の無理をこなしている。この多少であったものが時間と共に足を進めていつの間にか精神よりも身体のキャパシティを越えてしまっている人もいるかもしれない。
つい最近までの私もそうで、短い睡眠時間のあと起床すると脈の速さと激しい動悸があったり、睡眠薬やお酒を飲んで無理やり寝たりと今をどう精一杯生きられるかで必死だった。

でもこれは自分が理想的な未来を生きられるという希望的観測を持っているからできることなのである。



“いつか訪れないかもしれない未来” の可能性によって近い未来が現実的になった私は、前よりも刹那的ではなったけどその代わりに新しい生き方が浮かんできた。
たぶん今までだったら考えられなかったことだし、それを知らなくても幸せだったかもしれないと思う瞬間もある。
でも私はこの身体と、女性として子宮を持った身体と生きていかねばならない。そして女性に生まれた以上子供を授かる未来が欲しい。




身体の変化にによって、立場や生き方が変わりやすい女性の身体を生きることは未来を生きることだ。
それに気づいたからには、精一杯この女性の身体を愛して大切にして、未来に送り出していく毎日を生きようと思う。


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