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ティッシュ

熱帯魚の話。
僕の父親は昔、熱帯魚を飼うのが趣味だった。
クマノミや、イソギンチャク、その他諸々である(正直クマノミ以外あまり種類がわからない)。
僕には3つ下の妹がいるのだが、その妹と一緒に毎日餌をかわりばんこであげたものである。
もちろん人間ではないため、表情はないが勝手に僕らは「ほらほらぁッ‼︎美味しそうに食べてる‼︎」などとハイテンションで毎日話していたものである。あの頃は可愛かったものだ。

そんな熱帯魚達は何故かうちで育てているとよく死んだ。餌のやり過ぎか父親の水槽の手入れが原因だったのかもしれない。
父親は、熱帯魚が死ぬと毎回近くの海に家族全員を連れて埋葬しに行った。
いつも死んだ熱帯魚は父親の手の中にティッシュで包まれている状態で埋葬されていた。
最後の方に至ってはナポレオンフィッシュの稚魚のナポちゃん(なんのひねりもない名前である)は6代目だった。まるで落語家や、歌舞伎役者のようである。
親父が6代目ナポちゃんを捨てる時にティッシュを見ながら「ナポちゃんにバイバイ言って」と言った。
僕と妹が「ナポちゃんバ・・・・・」とまで言ってる時に、父親が海にナポちゃんをポイと投げてしまった。そして「よし帰ろう!」と言ってスタスタと帰ってしまった。
よく考えると、父親は潔癖症である。だから我慢できなくなったんだろう。それか、6代目にもなると別れというものに悲しさがなくなってしまっていたのではないのだろうか。よくわからない。
どちらにしても、ナポちゃんを海に投げた後の父親の顔はとてもさっぱりしていたので僕らの心にはいまいちよくわからない複雑なものが残ってしまった。おかげでその日は眠れなかった。妹もシオシオだった。もうちょっと喪に服しておくれよ。そして次の日に7代目ナポちゃんを買ってこないでくれ。小3の僕でももうちょっと喪に服したい。

結局、父親の育てた熱帯魚の中で一番長生きしたのは、イソギンチャク(無名)だった。
イソギンチャクはよく食べ、よく育った。とてもいい子だった。
しかし、そのイソギンチャクも死んでしまった。その時も埋葬するかと思ったが普通にゴミ箱だった。なんで魚は待遇が良くて、イソギンチャクはこうも待遇が悪いのか。見た目だろうか。
でも、僕がイソギンチャクを買うときは(買う時が来るのだろうか)ちゃんと海に埋葬しようと思う。

っていう思い出話。

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