見出し画像

定年退職できない人々

移住連運営委員 稲葉奈々子

M-netの2023年4月号の特集は「移民の高齢化」です。noteでは特集の総論記事を紹介します。M-net本誌では、本特集の記事が他に6本掲載されています。目次と購入方法はページ末尾のリンクをご覧ください。(編集記)

高齢者福祉の対象外の移民たち

 高齢者福祉を担うのは誰か。社会保障制度は、しばしば、成熟した福祉国家の「北欧型」と、企業と家族が福祉を担う「中欧・南欧型」、市場原理に福祉サービスを委ねる「アングロサクソン型」に分類されてきた。日本はといえば、「中欧・南欧型」と「アングロサクソン型」の中間あたりに位置すると考えられる。
 いずれの場合も、福祉の担い手として、政府、家族、企業が想定されているわけだが、どの「型」であっても、移民労働者が福祉の現場で大きな役割を担っていることは考慮されていない。しかし、高齢者介護だけでなくベビーシッターなども含めた福祉の現場は、移民労働者の存在なしには立ち行かないことは、周知の事実である。
 それでは、移民先の国で福祉サービスをはじめとする現場労働を担ってきた移民が高齢化したとき、その福祉は誰が担うのだろうか。日本政府はそもそも、移民である外国人を福祉を享受する権利主体として認めてこなかった。「憲法の基本的人権は、外国人の場合、入管法上の在留資格制度の枠内でしか保障されない」とする、いわゆる「マクリーン判決」に基づく解釈が、政府の立場を端的に表している。本特集で李が述べているように、難民条約を批准するまで、外国人は国民年金制度から排除されていたために、多くの在日コリアンの高齢者が無年金になった。結果として、生活保護利用を余儀なくされているが、その生活保護ですら権利としては認めていない。このような福祉からの排除については、移住連との省庁交渉で、厚労省は「在留外国人をどのように処遇するかについては、特別の条約または国際約束が存在しない限り、政治的判断により決定できる裁量権が認められている」(2022年11月の省庁交渉における厚労省社会援護局保護課の回答)としている。つまるところ日本政府の胸先三寸で決まってしまうのだ。
 このように、外国人が福祉を享受する権利主体として認知されないまま、高齢者になったときに直面する問題が本特集の主題である。

企業・家族福祉の破綻

 冒頭の分類に立ち返るならば、日本では家族と企業が福祉を支えてきた。しかし、本特集のインタビューで林が語るように、移民労働者は、そもそも企業福祉からも排除されてきた。大企業で働いていれば社宅が提供されたり、住宅手当を受けたりもできる。しかし中小企業や、まして派遣で働いている場合は、そもそも、そうした企業の福利厚生を頼りにすることはできない。すでに企業による福祉は機能していないのだ。
 それでは家族が支えてくれるのかといえば、本特集で高畑が在日フィリピン人について論じるように、日本で社会化された子ども世代に頼ることはできない。結果として、高齢になっても引退できない移民が少なからず存在すると考えられる。
 日本が難民条約に加入した結果、国民年金の国籍要件が撤廃されて外国人も加入できるようになったのは1982年からある。年金を受給するには、2017年の制度改正以前は、保険料納付期間が25年必要であった。1982年に40歳だった人は、2007年には65歳になっているが、年金を受け取ることができなかった。2017年から保険料納付期間が10年に短縮されたため、1982年に40歳だった人が75歳になった2017年には、建前としては年金を受け取ることができているはずである。

高齢者移民の高失業率の現状

 表は2015年の国勢調査のオーダーメード集計から、本特集に登場する外国人の国籍と男女別に失業率を集計したものである。65歳以上の失業者とは、年金受給が可能な年齢になっても、求職活動していることを示している。2015年の時点で75歳以上の人は、1982年には42歳であり、75歳の時点でも加入期間が不足しており、国民年金に加入できていない世代である(ただし韓国・朝鮮籍以外は母数が小さく、失業率は正確に現れていない)。

 本特集に登場するニューカマー外国人は、早くて1980年代半ば以降に20~30代前後で来日している。1982年に12~26歳、2015年時点では45~59歳ぐらいの人たちであろう。いまだ年金受給年齢に達していない人も多い。就業状況を見ると、この年代の日本人の失業率は男女ともに約3%だが、韓国朝鮮籍の男性は9%と日本人の3倍以上の失業率であり、そのほかの国籍についても日本人の2倍以上になっている。外国人の中高年の失業率はきわめて高いといえる。
 さらに年齢を重ねて60~64歳になると、仕事を見つけるのは一層難しくなる上に、年金を受給することもできない。同年代の日本人男性の失業率は3.7%だが、外国人男性の失業率はさらに高く、韓国朝鮮籍が10%、中国籍で11.4%である。同年代の日本人女性の失業率は2.3%であるが、本特集に登場するフィリピン籍やタイ籍の女性については5~6%となっている。
 65歳以上となると、日本人男性の失業率は2.4%、女性は1%である。外国人の場合、韓国朝鮮籍の男性は8.1%、女性は3.7%、中国籍についてはそれぞれ7.1%と7.5%となっており、日本人よりも失業率が高い。十分な年金を受け取ることもできなければ、仕事も見つからない状況がうかがえる。

移民高齢者の高就業率の現状

 それでは65歳以上で働いている人たちの割合はどうなっているのだろうか。外国人の就業率(2015年国勢調査オーダーメード集計による)をみると、65歳以上のブラジル籍の就業率は、男性が56%、女性が33.6%となっており、いずれも同年齢の全国の就業率は男性で30.3%、女性で15%であるから、2倍近くなっている。ブラジル籍の女性はいずれの年代においても、全国平均よりも就業率が高いが、高齢になるほど、その傾向は強まる。本特集で林が語るラテンアメリカ出身者の高齢者の状況を鑑みるに、十分な年金がないために、働き続けることを余儀なくされていると考えられる。
 フィリピンやタイ籍の女性についても、65歳以上の女性の就業率は32.2%と23.9%であり、全国平均の15%よりも高い。本特集で高畑や新倉が紹介する女性たちがそうであるように、定年退職の年齢を迎えても引退できない女性たちの存在が浮かび上がってくる。

移民を排除しない 高齢者福祉を

 日本においては、企業や家族による福祉はもはや機能していないにもかかわらず、移民は公的福祉も利用することができていない。「移民は受け入れない」と言い続けて、定住外国人を包摂する高齢者福祉に取り組んでこなかった政府の欺瞞が、高齢化した移民を苦境に陥れている。その現実を日本政府は直視すべきであろう。

当記事掲載Mネット227号のご購入は以下のページから!

Migrants-network(Mネット)227号 冊子版

Migrants-network(Mネット)227号 ダウンロード版


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?