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教え子たちとの、あんなこととかこんなこととか


①「好きやけ」

まだ図書室が正しく管理されておらず、学校司書も配置されていなくて、国語科の教員が多忙を極める合間を縫ってしか立ち寄らない頃。中学校の図書室は放置され、古い本の墓場と化していた。勤務していた学校には図書室が二つあり、一つは、まあ生徒たちの遊び場で人目もあったが、もうひとつの方は教室もない4階にあり、廊下を通る子も少なかった。

そこで本を探してほしい、と生徒に頼まれて勤務1年目の私は1gの猜疑もなく向かった。図書室にその子と入った途端、抱き締められた。一瞬、何が自分の身の上に起きているのか分からなかった。腕から逃れようと抵抗するも、相手は100㎏も超えているだろう体。中学生といえど、力は強い。廊下を見ると、その子の友達がふたり、前のドアと後ろのドアのところで見張りをしており、室内に向って親指を立てて「ガンバレ」と応援している。

「終わった…」「貞操の危機?」「彼氏くん、ごめん」の思いが
ぐるぐる頭を回りつつ、なんとかして、この子を宥めなければと思った。

「ちょっと離れようか?」
「このままがいい。」
「わたしは、離れたい。」
「おれ、せんせいのこと、好きやけ。」
「それは、ありがとう。でも、わたしのことが好きなんだったら
わたしの言うことを大事にしてほしい。」

少ししてから、腕を解いてくれた。

解放されてからも心臓がバクバクして、5時間目の授業を
ふつうにできたのかどうかも覚えていない。
本来なら学年主任や、管理職に報告して、生徒を厳重注意し
保護者も含めて再発防止に励まなければいけないところだが
私はそうはしなかった。

…怒られる。私に隙があったからだ。死ぬほど忙しいのに、これ以上
時間をとられるのは嫌だ。煩わしいことに関わりたくない。

こういう保身の気持ちに染まった。
結果、自分を守るために、誰にも言わなかった。

学校で、赤い髪をして、びっくりするような制服を着てくる子で、
だけど、「好きやけ」と言った顔は、小さな子どもみたいだった。
小さな子どもは、あんなことしないけど、それ以上の酷いことを
私の意志に反してしてこようとしなかったところに、不良のラベリングをされている子だったけれど、誠実さがあった、のだと思いたい。

22で、3月まで大学生で、4月から担任やって、
しっちゃかめっちゃかの日々の中で起きた1日のことだけど
・・・あれ、やっぱりちゃんと報告しないとダメな案件だったな。

ということで、ここで記すことで、墓場とす。



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