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翳りゆく部屋、翳りゆく春〜セフレ沼でつかまえて〜

しくじった。

そう思った時には、既に私はどろどろになって男の腕の中にいる。
顔も体も美しいこの男は、自分の美しさをよくわかっていると見え、私の身体を抱きとめてひとときも離れない。それが女の心に杭を打ち込むことを知っている態度だった。

小雨の降る日比谷公園で、夜の花見をした。

そこから地下鉄に乗り、歌舞伎町へ向かう雑踏の中で、右耳のピアスホールが裂けた。
どこで裂けたのかもわからない。
ただ、気がついた時にはお気に入りのピアスがなくなっていて、耳朶に触れる右手には奇妙な感触があった。
もともと耳朶のぎりぎりの位置に穴を空けていたから、
裂けたというより、長年の積み重ねでホールが拡大してわずかな一枚皮膚を貫通したという様子だった。
痛くもなければ出血もしていない。
鏡でみると、1ミリほどの裂け目が右耳朶にできていた。
ひどく落ち込んだ。
ひどく落ち込んだ私を彼は抱きしめて、そして言った。
「可哀想に。気づいてあげられなくてごめんね。ピアスを無くしただけだったら、俺が買ってあげたのに」

***

「好きだから大切にします。信じてくれますか?」
知り合って3週間ほど毎日やりとりをしたある真夜中、男は私に言った。
前の恋人と別れてひと月も経っていなかった私は、悲しい夜を忘れさせてくれるお酒に手を伸ばすように、彼に触った。生傷に絆創膏を貼り付けたまま、彼が差し出す愛に模した何かを朦朧と掴みかけて、そして恋のぬかるみにうっかり片足を踏み入れてしまったのだ。

「また会いたい。夜桜を一緒に見ましょう」
その言葉に誘われて、私は彼に会いに行った。


「俺はもう15年は誰のことも好きになってないよ」

ことが終わったあとで、男が氷のように平然と言い放った言葉を愕然とした気持ちで聞く。
隣には、大いに満たされた獣の横顔がある。

やられた、と思った。
「『俺を信じろ』という奴だけは信じるな」
かつてTBSで放送されていた「人生は上々だ」というドラマの中で、浜ちゃんにそう教えられたはずなのに。小学校四年の頃から、それは私の信念だったはずなのに。
騙された、とは思わない。守備体制に穴があった私の落ち度だ。
男女関係を駆け引きの側面だけで捉えるなら、寝るまでは女に分があるが、寝てからは男に分がある。私はいとも簡単に手に入った彼の玩具になってしまった。
言葉でなく、男の生理を信じるべきだった。悔しい。

悔しいので、ありったけの力で彼の腕に噛み付いた。くっきりと痕が残るくらいの強さで。
それなのに男は、「噛んでもいいよ」と微笑んで、私の髪を撫でている。

腕の中であやされながら、自分が純朴な生娘でないことを、せめてもの救いに思った。


***

LINEには満開の桜の画像が添付されている。
「みるこちゃん、今週もお疲れさま。このあいだ楽しかったね」
「Kさんもお疲れさまでした」と、私。

「連絡していいかどうか、迷ったんだ。みるこちゃんにとって、俺はもう必要ないのかなって」(意訳:またヤラせて欲しいんだけど、怒ってる?)

「邪魔だとは思ってないよ」
「じゃあ今まで通り連絡していい?」
「いいよ」(絶っっ対ヤラせないけど)

「自分の感性とか価値観とか欲望とか、友達にも同僚にも家族にも晒していない自分の内面を見せられる相手ってすごく貴重で、みるこちゃんはそういう存在なんだ。恋愛っていうより、同士とか共感に近い感じだから、小賢しいかもしれないけど」
(意訳:ねぇこれからも俺を受け入れて認めて褒めて、そして性欲も満たしてくれるよね?タダで)

「信頼してくれてありがとう。でも私は愛のない関係は築けないの。これから予定があるから、またね」
(意訳:なぁ、そんなムシのいい話はやめようや?もうアンタの話は聞かんからな)

半ば強引にやりとりを切り上げた私は、じんわりと怒りを溜めながら外出した。


***


こんな事案が発生してからと言うもの、
「夜明けのエチュード」(市川楊子/ママレードボーイED)ばかり聴いている。
疲れているし、最近とにかく昔のことばかり思い出すからだ。(婆さんか)

あんなに幸福でスピリチュアリティに満ちた、美しい愛の歌は他にない。
そりゃ、スピ界でいうところの「愛」ってのは壮大で、宇宙とか神とかと繋がる話になってくから、
気安く「美しい愛」とか言うとめんどくさい人が出てきてめんどくさいことになる。

だからあくまで、現世的な「恋愛」に限定しての話なんだけど(でも神さまってワードは出てくる)、
絶対の信頼をベースにした、波紋のように広がる幸福が4分ほどの楽曲の中に凝縮されていて、自分の心まで透明な光でみたされてゆく。

波動が整うなんちゃらサウンド、みたいなのにどれだけの効果があるかはわからないけれど、
まあたぶんそれと類似した効果がある気がする。

幸福は、まず自分の中をその気分で満たすことから始まるそうなので、
それに一役買ってくれるサプリみたいな一曲だと思ってる。

しかし、ひとえにこんな鎮魂を必要とするほど、私の心は疲弊しているということでもある。怒ってるし、嘆いているし、まあ怒っている。

こんなこともあろうかと(ってわけでもないけどね)先方の会社も上司のFacebookも押さえてあるのだ。
いつでも凸撃してやるからな!という忿怒のモチベーションを頼りに、彼を許しています。
優しいね、私は。
(恋愛の事故に10:0は無いよねー知ってる)


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