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【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第10回)

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28

平成2年、2月。
俺はバレンタインデーに軽音楽サークルの後輩、サキちゃんからチョコをもらう約束をし、つい浮かれていたことで、妹の由美からドン引きの不審な目で見られてしまい、若干兄と妹としての関係がグラついてしまった。

それ以来、俺は徹頭徹尾アパートでは無表情、無感情を貫くようにしていた。

これまで高校のバレー部時代、1つ年上の女子の先輩と付き合ったことはあるが、学年違いでタイミングが悪く、バレンタインにチョコをもらうことはなく、その先輩が高校を卒業したら、恋愛関係も自然解消してしまっていた。

だからもしバレンタインデーに、由美からの義理チョコ以外の、サキちゃんからのチョコをもらえたら、多分人生初の本命チョコになる。

そして今度こそは女の子と付き合う時、上手く付き合うんだ!という俺の願いを可能にしてくれる相手だと思っている。

問題は由美に紹介した際、由美がどんな態度に出るか、だ。

でもこの前ははぐらかしたが、ちゃんと説明すれば実の妹だ。受け入れてくれるだろう。
もしかしたら将来、義姉、義妹の関係になるかも…なのだ。

(っと、そろそろ家庭教師に変身する時間か…。由美は帰ってこなかったな。メモを書いておくか、夕飯はシチューを作ったよ…と、出来たら風呂と洗濯頼む…と)

俺は週に一度の家庭教師のアルバイト先へ向かった。


29

「ただいま…」

「あ、お兄ちゃん!お帰り〜」

既にパジャマに着替えていた由美が、丁度洗濯機から洗濯物を取り出していた所へ、俺は家庭教師のバイトから帰ったようだ。

驚いたのは、昨日まではツンツンしていた由美の態度が、前と同じように明るく楽しい雰囲気に戻っていたことだった。

「ねぇねぇお兄ちゃん、家庭教師の子からチョコはもらえたの?」

「あ、チョコなら中学生の女の子らしいのを1個もらえたよ」

今日、家庭教師先でいつものように受験英語を教えていたら、帰り際に女の子が照れながら、

「センセ、明日、バレンタインだから…」

と、チョコをくれたのだ。

もらえると思っていなかったので、感激しつつ、その子と親御さんにも礼を言い、同時に帰り道でアリバイ工作はしなくても良くなったことに安堵した。

「どんなのぉ?見せて、お兄ちゃん」

由美は俺の手にあったラッピングされた箱を奪い、電気に照らして中身は何かと考えていた。

「開けてみて。ね、お兄ちゃん!」

「分かったよ」

えらい急かすなぁ…。

由美がワクワクしながら見守る中、慎重にラッピングを剥がし、包装紙も剥がすと、そこにはきっとお母さんと選んだだろう、ちょっと豪華なチョコレートが6粒と、小さな手紙が同封されていた。

「凄いね!結構高いチョコだよ。あと手紙まで付いてるし…。あ、手紙はお兄ちゃん1人で味わって読んでいいよ」

俺はあまりにもハイテンションな由美に、戸惑いを覚えていた。
この前は物凄い冷たい態度だったのに…。

「なぁ、由美」

「え?なーに?」

「今日は何だか楽しそうというか、元気じゃん。先週はなんか俺には凄い冷たかったのに。何か良いことでもあったの?」

由美に聞いたら、由美は2人しかいないのに小声になって言った。

「えっとね…。デリケートな話だから本当はお兄ちゃんにも言いたくないけど…。先週、アタシは月に1回のお客さんを迎えてたのよ。いつもは軽いのに、先週は何故か重くって。そんな時はちょっとした事でもイライラしちゃうの。だからお兄ちゃんにも冷たかったのかも。ゴメンね」

「あっ、そ、そっか、分かったよ」

学校の保健体育で学んだはずだが、由美は毎月いつ生理が来ているのやら全く分からないほど、普通に過ごしていた。
だから俺も殆ど由美の生理など気にもしなかったが、重たい月もあり、そんな時は俺に対しても冷たい態度になるんだ、ということを学んだ気がする。

「ところでさ、由美からも明日はもらえるのかな?」

由美は洗濯物をカーテンレールに干しながら言った。

「うーん、どうしよっかなぁ」

「え?くれないの?」

「だってアタシがお兄ちゃんにバレンタインでチョコを上げてたのは、誰からももらえないのが可哀想だからと思って…だからだもん。義理だよ、義理」

「というと…?」

「もうお兄ちゃん、中3の女の子から手紙付きでいいチョコをもらったじゃん。だからアタシからの義理は無くてもいいかな、なんて」

と、由美は実は既に正樹用にチョコを用意しているにも関わらず、正反対の答えを返した。

「え、マジで…由美からの義理チョコ、ないんだ…」

あまりの正樹の落ち込みに、由美はちょっとイタズラが過ぎたかな…と思ったが、明日サプライズでほぼ本命のチョコを上げれば、正樹は喜んでくれるだろうと思った。

「お兄ちゃん?」

静かになってしまったので、由美は声を掛けた。

「…風呂入ったら、寝るよ」

正樹は着替えを持って浴室に入っていった。

(あちゃー、やり過ぎたかな、アタシ…。ちゃんと用意してあるのに。でもそんなにお兄ちゃん、アタシのチョコを楽しみにしてたのかな…)

由美はふと、炬燵の上に置かれたままになっていた、正樹の教え子からの手紙を、ちょっと罪悪感を持ちつつ読んだ。

『Dear 伊藤正樹先生
 先生、いつもアタシに英語や他の教科も教えてくれてありがとうございます💛
 もうすぐ私立の受験ですが、先生に教えてもらったポイントを忘れずに、まずは初戦突破したいと思います。
 頑張ります!
 あと、お礼に、明日バレンタインデーなので、先生にチョコをプレゼントします!
 食べて下さいね💛
               from小谷加奈子』

迂闊に読んだ由美は、自分より2歳年下の女の子が一生懸命に書いた手紙で、感動してしまった。

(お兄ちゃん、しっかりと先生してるんだね。アタシ、フザケ過ぎちゃったな…。ゴメンね、お兄ちゃん。今日だって夕飯作ってから家庭教師に行ってくれたのに…)

由美は、浴室の方を見て、正樹に心の中で謝った。


30

翌日、俺は昨夜不貞寝してしまった手前もあって、由美の顔を見ておはようと声を掛ける気になれず、まだ由美が寝ている内に大学へ向かった。

これまでも週に数回、1限目から講義がある時は、由美より先にアパートを出ていたことがあるので、まあ大丈夫だろう。

大学へ着いても春休み期間なので、人はまばらだ。
俺の目的は、サークル室。
軽音楽サークルの後輩、サキちゃんから今日必ずサークルに顔を出してください!と言われていたからである。

2月14日に必ず…というと、目的は一つしか考えられない。

夏の合宿から大学祭、クリスマス会を経て、俺とサキちゃんは確実に両思いだと思っている。

今日はそれを確認し合う日だと思っていた。

だが俺がサークル室に着いたのが早過ぎたので、まだサキちゃんどころか他のメンバーもいない。
なのでサックスの練習をして時間を潰していた。

(サキちゃんはまだか…)

1分1秒が待ち遠しい。
これまでの咲江との出来事を思い出しながら、伊藤は咲江を待った。

しばらくしたら、カチャッと音がした。伊藤が音がした方を向くと、やっとサキちゃんがやって来た。しかもいつになく綺麗に着飾っている。

「伊藤先輩、来てくれたんですね…」

「当たり前だよ、大切な後輩のお願いじゃないか」

「嬉しいです。先輩、外へ出てくれますか?」

「外へ?分かったよ」

咲江は伊藤をサークル室の外へと呼び出した。

そして、大学祭の後夜祭が行われた広場へと伊藤を連れて行った。

「サキちゃん、ここは…」

「はいっ!アタシが後夜祭で寝落ちした場所です。エヘヘッ」

「そうそう、あの時サキちゃんをおんぶして運んだんだけど、ごめんね、その時サキちゃんのお尻を抱えたし、おんぶしたからサキちゃんの、その、胸が俺の背中に当たっちゃってさ…」

「ううん、そんなの、気にしてないです。それより、コレを受け取ってもらえますか?」

咲江はバッグから、小さな包みを出し、伊藤へと差し出した。

「サキちゃん、コレは…」

「アタシからの気持ちです。先輩、開けてみて」

伊藤は丁寧に包み紙を剥がした。中には箱があり、箱の蓋を取ったら、チョコレートが現れた。
チョコの上には、こんな言葉が書いてあった。

【イトウセンパイ、大好き♡】

「サキちゃん…」

「…アタシ、中学も高校も、男運がなくて、恋愛なんて一生出来ないんだって思ってたんです。でもそんなアタシが大学に入って、伊藤先輩に出会って、これが最後の恋と思って、伊藤先輩のことを思い続けました。伊藤先輩はどんな時も、アタシの味方になってくれて…アタシ、凄く、嬉しくて…」

咲江はそれまでの明るさから一転、涙ぐみながら、必死に言葉を紡いだ。

「先輩の彼女になりたい、そう思ってサックスの練習も頑張りました。まだまだ下手な私を、先輩は上達したよと褒めてくれました。本当に嬉しかったです。先輩、これからはアタシを、サックスの後輩だけじゃなく、恋人…彼女にしてくれないですか?アタシの、お願いです。絶対に先輩を幸せにします!」

伊藤は咲江の心からの告白を受けて、涙が溢れてきた。

「サキちゃん、ありがとう。実は俺も、箱根合宿の時から、サキちゃんは単なる後輩じゃ無くて、俺が守ってやりたい、愛しい存在になってたんだ。だから…俺こそ、サキちゃん、俺の彼女になってくれないか?」

2人は目と目を合わせた。どちらからともなく、自然と笑顔になった。

「先輩…。アタシの初めての彼氏になってくれるんですね」

「もちろん。サキちゃんも、これからずっと、俺のそばにいてくれる?」

「はいっ!もちろんです!」

自然と2人は抱き合い、キスを交わした。

「これからも仲良くしようね」

2人同時に同じセリフを言い、お互いに照れてしまったが、その後も2人は笑いながら、何度も唇を重ね合った。


その頃、由美は自分に黙っていつの間にか大学へ出掛けて行った正樹に対して、罪悪感を持ちながら授業を受けていた。

(絶対昨夜、お兄ちゃんのことを弄んだからだ…。だからアタシを起こすこともなく、黙って大学のサークルに行っちゃったんだ…)

「…ねぇ、由美?今日はどしたの?元気がないよ」

と、阿部京子が話し掛けてくれた。

「え、え?あ、アタシなら大丈夫よ!」

「今日はバレンタインじゃん。由美も誰か意中の彼に上げるんでしょ?」

「そっ、そうだね。そうしようかな…」

「なーんか歯切れが悪いなぁ。やっぱり元気がないんじゃない?それともチョコをアパートに忘れたとか?」

「そんなんじゃ、ないよ…」

「そう?まあ、何かあったら相談に乗るからさ、元気出しなよ!」

「うん、ありがとね」

由美は改めて昨夜、バレンタインのチョコを正樹に上げないと言い切ってしまったのか、悔やんでいた。

年末に風邪を引いた時以外、いつも由美の前では明るく元気に振舞っていた正樹が、昨夜は風呂から上がったら由美に何も言わず、とっとと布団に入ってしまったのも、由美にはショックだった。

中3の教え子の女の子、大学の軽音サークルの女子と、由美の知らない部分で活躍している正樹が、由美の知らない女性からチョコをもらってくることに嫉妬していたのだろうか。

(今日はとても泳げる気分じゃないや…。JOC予選が近いのに…)

由美は早く帰って、正樹にお詫びと、用意していたチョコを上げようと決め、部活は休ませてもらうことにした。

(アタシの大好きなお兄ちゃん、ごめんね。はい、チョコ!…こんなんで許してくれるかなぁ)

由美が悩みながら帰宅すると、既にアパートの電気は点いていた。

(お兄ちゃん、帰ってる!)

由美は念のため持ち歩いていた正樹に上げるチョコを確認して、玄関のドアを開けた。

「ただいま…」

<次回へ続く>









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