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小説「15歳の傷痕」49

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- 太陽の破片 -

昭和63年7月上旬、1学期の期末テスト週間に入り、部活が休みになったことで、放課後の下駄箱は部活している生徒もしてない生徒も同時に帰るため、かなり混雑していた。
前日は夕方に虚をつく豪雨に見舞われ、俺は思わぬ形で和解後の神戸さんと共に帰宅し、色々と話す機会ができ、恵みの雨のような感じだったが、今日はスッキリ晴れている。

俺は生徒が一斉に帰るこの時期が、夏の吹奏楽コンクールに出ると言いつつ、文化祭後一度も部活に姿を見せていない、村山と山中を捕まえられるチャンスだと思っていた。

山中は太田さんから、浮気しているんじゃないか、だから部活にも顔を出さないんじゃないかという疑問を持たれている。その点も合わせてハッキリさせたかった。
ただ期末テスト後にあるクラスマッチに向けて、生徒会の会合が期末テスト終了日に予定されているので、イヤでもその時に山中とは会うから、まだ会えないことを焦るほどではない。

だが村山は、一緒に中学時代の竹吉先生宅に行って以来、不思議と部活はもちろん、授業の合間、登下校の際と、全く顔を合わさなくなった。あまりの遭遇率の減少に、村山が敢えて俺を避けているのかとも思うほどだった。
クラスも俺が3年7組、村山は3年4組と離れていることや、文系、理系の違いもあって、遭遇率が低いのだ。

なのでまだ期末テスト本番まで多少余裕がある今日なら、ちょっと下駄箱で村山を待ってみようと思い、4組の下駄箱付近でしばらく村山を待ってみた。

その間にも吹奏楽部の後輩が俺を見つけて、ミエハル先輩、お疲れ様です~とか、お先に失礼します~と声を掛けてくれる。

中でも打楽器2年の宮田さんは、先輩、好きな女の子でも待ちよるん?と言いながら笑顔で帰って行ったし、サックス2年の若本さんは1人で帰るのが寂しいなら、途中までお供しますよ?等と声を掛けてくれた。

いや、今日は大丈夫~と言いながら、俺の視線はちょっと背の高い男を見付けることに必死だった。

しばらく待ち、この方法もダメか…と思った矢先に、ターゲットは現れた。

「村山!」

「おわっ、上井かよ。どしたん?」

「どしたん…はこっちのセリフなんじゃが、まあ取りあえず発見できて良かった。帰るんじゃろ?たまには一緒に帰ろうや」

「お、おう」

なんとなく村山は、俺がわざわざ待っていたことに当惑しているようだったが、とにかく宮島口駅へと向かい始めた。

「最近、どう?」

俺から話し掛けた。

「うーん、可もなく不可もなく、かのぉ」

「まあ村山には遠回りして質問しても意味がないからストレートに聞くけど、夏のコンクール、出る?」

「それか、やっぱり」

「やっぱり?」

「うん。俺、全然部活に出とらんし、今の1年生もよく知らんし、若本とは喋れんしで、なんか音楽室に足が向きにくいんよな…。それと親から、受験はどうするって言われて、暗にコンクールに出るより、夏休みは勉強に専念しろってプレッシャー掛けられとって、絶賛悩み中だよ」

「実に予想通りの答えだったよ」

「は?」

俺は苦笑いしながら、

「こう聞いたら、こう返してくるだろうなって予想してた通り!」

「やっぱりか。お前には俺の心は読まれやすいけぇの~」

「でも去年、若本と極秘に付き合い始めたのだけは、読めんかった」

「あれは悪かったって!もう何度も謝ったやん」

「いやいや、蒸し返すわけじゃないから。期末後、コンクールの練習も本格化するし、出るんならそろそろ音楽室へ顔を出してほしいなと、思ってるわけだ、俺は」

「そうだよなぁ…。今のところ、3年生で出るのは?」

「俺と太田さんと、伊東、末田が確定。あと山中がどうなんかなぁ、村山と同じく、分からんのよ」

「山中は生徒会で会わんの?」

「文化祭後、全然会わないんよ。燃え尽きたんかもしれんけど」

「俺、クラスが隣じゃけぇ、聞いてみようか?」

「ああ、3組だったな、山中は…。でも、村山自身がまだハッキリ決まってないなら、無理に動かんでもええよ」

「そうか?悪いな、力になれんで」

「気にしない、気にしない。それより村山自身だよ。一番足が向かないのは、俺の想像だと…」

「多分、想像通り」

「…若本はそんな昔のことをネチネチ気にするタイプじゃないよ。気にせず音楽室に出てくりゃいいのに」

「お前が和解した若本って女の子は、俺から見ると別の見方になるんよ。結局付き合っとっても、俺の態度が周りを気にしてばかりで煮え切らんけぇ、もう愛想が尽きたって感じでフラれたからさ、その相手がバリバリの現役でおる部活には、なかなか入る勇気が出ないというか…」

「小さいこと言ってるなぁ、村山!」

「ん?なんで?」

「俺は村山よりも、どれだけ何倍も酷い目に遭ってきたと思う?愛想が尽きてフラれたって、まるで15歳の俺と神戸さんの時の話か?って思ったよ」

「うーん、あっ!そうか、そうだよな…」

「俺は一時期、フラれた相手が3人同時にいる状況でも、毎日歯を食いしばって部活に出続けて、ピエロになって部活を盛り上げてきたよ。逃げたかったけど逃げれなかった…ってのもあるけど。だから、若本1人くらいでクヨクヨすんなって!喋れないんだったら喋らなきゃいいし、俺がバリサクでコンクールには出るから、俺が仲介役してもいいし」

「そうなんじゃ?お前、コンクールはバリサクで出ることにしたんじゃ?」

「ほら、最新情報が入ってないよ、村山君。この経緯にしたって、俺は2人の後輩の板挟みにあって、逃げ出したいくらいだったよ。だけど悩みに悩んで結論出して、先生にも報告して、2人の後輩に個別に説明してなんとか納得してもらって、やっと堂々とコンクールはバリサクで出る、と言える状態になったんよ」

「俺、お前に置いて行かれてるな。完全に…」

「だからさ、若本がどうだとかいう程度でコンクールを躊躇っているんなら、そんなの小さなことだって言いたいんだ、俺は。もちろん、親御さんが仰る受験勉強が大事ってのも分かるから、無理強いは出来んけど」

「そうなんよの…。ところでさ、上井が夏のコンクールに出るのは、なんで?どうして?親御さんはどう説得したの?」

「なんか近所の子に質問されてるみたいだなぁ」

久々に村山と喋りながら下校時の下り坂を歩いていると、7月頭の蒸し暑さで汗がダラダラと流れてくる。

「俺は…あまり親に部活の事を話さんから、逆に夏のコンクールまで部活をするのは当たり前と思っとるんかもしれん。分からんけど。とりあえず、夏のコンクールで引退になる、とだけ伝えてあるよ。村山は結構部活の事とか、親御さんに話すん?」

「そうじゃね。恋愛系は喋らんけど」

「ハハッ、逆にそれもコンクールなんか出ずに勉強しろって圧力に繋がってるかもね。だって村山家のお母様は、神戸家のお母様とツーカーじゃろ?」

「まあ、そうやな。あ、だから神戸の母さんから、ウチの娘は大学受験の勉強に専念させる為に部活は引退させた。オタクの息子さんは?なんて言われちゃ、俺の母親も焦るよな…」

等々久しぶりに会話をしながら村山と帰り、JR宮島口駅に着いた。

「そうそう、昨日夕方から目茶苦茶な雨になったやん。村山は帰れたん?」

「昨日か。まあ昨日はまだ部活に行く一歩が踏み出せん状態じゃったけぇ、6限後にすぐ帰ったんよ。だから大丈夫だった」

「なら良かったな。俺はなまじ部活に出とったけぇ、大変やったよ」

だが俺は昨日の出来事について、太田さんと山中について喋ったとか、神戸さんと一緒に帰ったとか、余計なことは言わないでおいた。

「宮島口駅も大変なことになっとってさ、岩国行きを何本か見送ったよ」

「そんな酷かったんか」

「広島行きはもっと酷かったけどな。積み残ししとったし」

「そうなんや。それに比べて今日はなんと平和な…って感じやね」

そう話しながら改札を抜け、岩国方面の列車を待つと、時刻表よりも早く列車が来た。

「ん?なんか早くない?」

「いや、前のが遅れとったんじゃろ。車内も混んどるし」

「うぇー、昨日も今日も混雑の列車に乗るのかぁ…」

とはいえ宮島口では、結構な数の客が下車し、到着した時よりも少しは余裕が出来た。

俺は村山と、いつも定番の最後尾の車両に乗り込んだ。するとそこには驚くべき先客がいた。

「あっ!」

俺と村山は2人して驚きの声を上げた。

「え?何…。あっ!」

<次回へ続く>


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