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【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第5回)

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13

遂に俺、伊藤正樹が、妹、伊藤由美の保護者として由美の通うS高校の保護者懇談会へ出向く日が来た。

朝ご飯を食べながら、先に高校の制服に着替えていた由美に聞いてみた。

「俺、スーツは大学の入学式用に作ったのを1つだけ持ってるけど、懇談会だからスーツ着た方が良いかな?でも普段着で良いかな?由美、どう思う?」

由美は週末の秋の県大会で上位入賞を果たし、機嫌が良かった。

「お兄ちゃんは何着てってもいいんじゃない?逆にスーツなんて似合わないような気がするけど。でもアタシが見たことないからかな」

「似合わない?うーん、そう言われるとスーツにしようかという俺の反骨心が芽生えるんだよなぁ」

「なに、これぐらいで反骨心とか、お兄ちゃん、可愛いんだから。まあ、裸じゃなきゃなんでもいいよ。アタシの兄って変な人だったって、担任の先生に思われない格好で来てよね。じゃあお先に行ってきまーす」

「おう、行ってらっしゃーい」

今日は月曜日なので、俺は大学が2限目から4限目まであるのだが、4限目まで出ると懇談会に間に合わないので、欠講届を出して3限目の後にS高校へと向かう予定にしていた。

大学に着いて学生部で4限目の欠講届を書いていると、後ろから声を掛けられた。

「伊藤くん、欠講届なんてわざわざ書くんだ?黙ってサボっちゃえばいいのに」

俺が所属している軽音楽サークルのバンドリーダー、4年生の大谷先輩だった。俺はまだ軽音楽サークルには、引っ越ししてアパートで妹と2人暮らししていることは、秘密にしていた。

「あっ、先輩。やっぱちょっとキチンとしておきたくて…。スイマセン急用が出来たもんで、今日の練習も休ませてください…」

「そうなのね。アタシは分かったけど、サキちゃんが寂しがるかもよ?」

「先輩、ここでサキちゃんの名前を出されると動揺するじゃないですか!くれぐれもサキちゃんには、急用で休んだとだけ、言っておいて下さいね」

「まぁ、真面目な伊藤くんのことだから、本当に何か大切な用事なんだろうね。気を付けてね。大学祭も近いし」

「はい、スイマセン」

その後、2限目と3限目の講義を聴いていても、頭の中は由美のクラスの保護者懇談会の事で一杯だった。
いっそ今日1日、大学を休んだ方が良かったかもしれない。

3限目が終わって一旦アパートに戻った俺は、慌ててスーツに着替えた。

(確か由美のクラスに4時集合だったな…)

手元にあった保護者懇談会のプリントで開始時間を確認し時計を見たら、3時45分だった。

(ギリギリじゃん!早く行かなくちゃ)

何が必要なのか分からなかったが、大学に通う時のバッグをそのまま持っていけばいいだろうと考え、バッグを手にすると、急いでS高校へと向かった。
アパートから歩いて5分だとは分かっていても、気が急いてしまう。
外からS高校を見たことはあったが、中へ入るのは初めてだ。
決して女子高というわけではなく、男女共学なのだが、妹の保護者として、つい数年前まで高校生だった自分が、高校へ乗り込むのが不思議に思えてならなかった。

やっとの思いでS高校に着くと、下駄箱に『保護者懇談会の方はコチラ』と貼り紙があり、そこでスリッパに履き替えるようになっていた。
床に敷かれたブルーシートは、先に来ている保護者達の靴で、既に一杯だった。
ちょっとした隙間に無理やり、俺の靴を入れようとして、スーツなのにスニーカーで来たことに今更気付いた。

(慌ててるよな、俺…)

スリッパに履き替え、由美のクラスへと向かう。由美のクラスは…2年2組か。2年2組ってどこだ?
校内案内図を見て、2年2組の場所を把握し、2階へと向かう。

その間に何人かの生徒とすれ違ったが、みんなちゃんと俺なんかに対しても「こんにちは」と挨拶してくれる。生徒指導が行き届いているんだなぁと感心した。

そしていよいよ2年2組が見えてきた。いきなり緊張が高まってきた。喉が渇く。さあ、意を決さねば…。

「失礼します…」


14

それまでザワザワしていた2年2組の教室が一瞬にして静かになり、先に来ていた保護者の方達の視線が、一斉に俺に浴びせられた。

(うわっ、このお前は誰だみたいな視線、怖ぇーっ)

月曜の夕方4時とあって、先に来ている保護者はお母さん方ばかりだ。下手したら、俺の母親と同じ年くらいの方もおられるだろう。
その中から1人、多分保護者会のリーダー的な方が、俺に向かって声を掛けた。

「あの、貴方は一体誰ですか?」

そりゃそうだろう、スーツこそ着てはいるものの、年はまだまだ二十歳の男が入って来たら、警戒されるのが当たり前だ。

「すいません、実は俺…いや、ワタクシ、お世話になっております伊藤由美の兄でございます」

「あらま、伊藤さんの?」

「はい…」

再び教室内がザワザワし始めた。

「まあまあ、お座りなさいな。今までお母さんがいつも来てらしたけど、どうしてお兄さんが来られたの?」

「実を申しますと…」

と俺が車座の席に座らせてもらい、話し始めた所に、由美の担任の先生が入ってきた。

「失礼いたします!担任の市村康弘です。今日はお忙しい所をお集まり頂きまして、ありがとうございます」

保護者が一旦、市村先生の方を向いて礼をしたので、俺も真似をするように礼をした。

「えー、本題に入る前に、保護者の皆様にご報告がございます。今日来ておられるのでお分かりかと思いますが、実は1名、保護者が変更になった生徒がおります。伊藤由美さんなんですが、諸事情でご両親とは離れて生活することになり、お兄様と伊藤さんの兄と妹で、2人暮らししておられます。そこで、今後の伊藤さんの保護者はどうするか、職員の間でも話し合ったのですが、遠方におられるご両親より、同居しておられるお兄様に保護者になって頂くことになりました」

ここで他の保護者達から、へぇー、ふーん、そうなの…といった声が漏れ聞こえてきた。

市村先生は、更にこう言って畳み掛けてきた。

「では、伊藤由美さんの保護者になられるお兄様、伊藤正樹さんに、自己紹介をして頂けますと嬉しいのですが…どうでしょうか?」

クラスに集まっていたお母さん方から、積極的ではないが仕方ないわね、みたいな拍手が起きた。

仕方ない、用意してなかったが、自己紹介するか…

「はい、では自己紹介いたします。俺…いえ、ワタクシは伊藤正樹と申します。いつも妹の由美がお世話になっております。えーっと、色々ありまして、両親と離れて暮らすことになり、私と妹の2人でアパートで暮らすようになって、1ヶ月ほど経ちます。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」

同じくお母さん方からは、散漫的な拍手が起きた。まずコイツはどんな奴なのか…という値踏みする視線が刺さるようだ。

「はい、伊藤さん、ありがとうございました。伊藤さんは現役の大学生でいらっしゃると、由美さんから聞いております。お年は若いですが、逆にこの先、大学を目指す生徒が多い我が校にとっては、伊藤さんの経験談とか多いに参考になるのではないかと思っております。私も心強い気持ちです。伊藤さん、よろしく頼みますね」

「はっ、はい、よろしくお願いします」

「では改めて、本日の議題に入りたいと思いますが…」


15

「お兄ちゃん、お疲れ様!」

俺がやっとの思いで保護者懇談会を終え、重い足取りでアパートへの帰り道を歩いていたら、丁度部活が終わった由美が後から追い掛けてきて、声を掛けてくれた。

「おう、由美。何とか頑張ったぞ。だけど今日はもう何も出来ないぞ。疲れたぁぁぁ」

「ごめんね、今日は料理も風呂もアタシがやるよ。でもお兄ちゃんが来てくれたから良かったよ。先生が会いたがってたから」

「そうかなぁ。最初に自己紹介はさせられたけど、その後は特に何もなかったよ?」

「そうなの?帰り際に呼び止められたりしなかった?」

「ああ。何も無かったよ」

「そうなんだ。なんでアタシに、お兄ちゃんには絶対に来てもらうように伝えて…なんて言ったんだろ」

「うーん…。あっ、もしかして?」

「えっ、何々、お兄ちゃん」

「あの先生、若かったよな。もしかしたら由美のことが好きで、卒業後に告白しようと考えていて…」

「えーっ、アタシは先生とは結婚したくないな。嫌いじゃないけど、年が離れすぎじゃん。出来たらそんなに年が離れてないか、同い年くらいの男の子がいい」

「そうか…」

こんな会話から、由美の恋愛観とかを知ることが出来る。そっか、年は近いか、同じがいいのか…。

高校からアパートは近いので、そんな会話をしていたらアパートに着いた。

「ただいま〜」

「お兄ちゃん、今夜はカレーライスでいい?昨日、買い物に行って材料買っといたから」

「お、嬉しいな。待ってるよ。じゃあせめて洗濯物を取り込んでおくよ」

「うん、ごめんね~」

もう10月末なので、帰宅した頃には外は暗くなっている。洗濯物も昼間の太陽のお陰で乾いているが、冷たくなっている。
由美は手際よくカレーを作り始めていた。

「ところで由美〜」

「ん?なーに?」

「俺が言うことじゃないとは思うんだけどさ、パンツ、新しいの買ったらどう?」

「パ、パンツ?ちょっとお兄ちゃん、動揺させないでよ。火を使ってるんだから」

「だってさ、結構ボロボロのもあるし、かなり前のもあるだろ。クマさんがプリントされてるパンツなんか見られたら恥ずかしくないか?」

「見られたら…って、見せる相手はいないし。普段からブルマー穿いてガードしてるから、体育の時も心配ないし、せいぜい部活の前後の着替えでしょ。あと洗濯で、お兄ちゃんくらいでしょ。だからスカート捲れたりしても大丈夫だよ」

「うーん、そんなもんか…」

「あっ、何々お兄ちゃん、アタシにパンツ買ってくれるの?じゃあさ、試合に勝てるような勝負パンツをプレゼントしてよ」

「勝負パンツ?」

「そう。アタシ、なかなかあと一歩ってところで、今ひとつ突き抜けれないんだよね。勝負用の競泳水着はあるけど、そんな試合の時に穿く勝負パンツ、何枚か買って~」

変な方向に話が行ってしまったが、妹の頼みとあれば仕方ない。

「分かった、何枚か買ってあげるよ」

「うわー、ありがとう!お兄ちゃん」

「その時は、由美も一緒にお店に行ってくれるんだろ?」

「え?プレゼントをしてくれるのに、アタシも同行するの?やっぱりプレゼントって言ったら、アタシはドキドキしながら包装を開けたいじゃない?恥ずかしいかもしれないけど、お兄ちゃん、1人で下着屋さんに行ってみて。彼女に上げるので~とか言えば大丈夫だよ」

「お前、かなりな無茶ぶりだなぁ…。俺、こう見えてもウブでオクテで有名なんだぞ」

「そんなところがお兄ちゃんのいい所よ。アタシ、期待してるから。その代わりに、水泳部の保護者会は出なくてもいいから」

「交換条件かぁ…。分かったよ、次の大会はいつなんだ?」

「しばらく大きい大会はないの。2学期末に部内の記録会があるから、それまでにほしいな~」

「クリスマスプレゼントには…遅い?」

「んー、クリスマスだとちょっと遅いけど、早めにもらって早く開ければいいよね!うん、アタシながらいい考えだ、うん」

由美はいつの間にかルンルンな感じでカレーを作っていた。

「あとはしばらく煮込まなきゃ…。お兄ちゃん、先にサラダでも食べる?」

「……」

「お兄ちゃん!サラダ食べる?」

「はっ、はいっ、食べます!」

「クスッ、どうしたの、怒られたような返事して」

「いや、下着屋なんてどう入ればいいのか考えてたからさ…」

「男の子って、そんな時はやっぱり照れ屋なんだね。別に堂々と入ればいいじゃん」

「だって周りの目が気になるし…」

「周りはみんなお兄ちゃんの知り合い?そんな訳ないでしょ?気・に・し・な・い・こと!」

「んー…」

「別にアタシの生理用品買えって言ってるわけじゃないんだから!気にしないでいいの!ったくもう、お兄ちゃんったら」

なんで勝負パンツのプレゼントを買えと強要され、なおかつ叱られなくてはならないのだ。

サラダを食べつつ、テレビを入れたら「クイズ100人に聞きました」が入っていた。

俺は新たな悩みを抱えたような気分になってしまった。今週末の大学祭、ちゃんとサークルの演奏は出来るだろうか?

<次回へ続く>

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