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妊娠・出産の適齢期は待ってくれない

助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。

今日は、「いつまで妊娠できるのか知ることの意味」についてお話ししていきたいと思います。

「生命時計」(horloge biologique)という言葉があります。
これは、1990年代にフランス政府が行ったキャンペーンで使用された言葉で、政府・メディア・医療機関・大学教育等が連携し社会全体への知識普及を図ったものです。
何の知識なのでしょうか?
それは、妊娠出産に適齢期があること、加齢とともに妊娠が難しくなることについての知識です。
1970年代、女性の社会進出を促進し、かつ働きながら子育てをしやすい社会を実現するためにフランス政府は法律の整備や子育て支援制度に取り組みました。
ただ、1990年代では、女性の権利が認められ、仕事と家庭の両立が可能となったことで、「出産か就業継続か」のどちらかを選ばなくてもよくなりましたが、それにより出産を先延ばしにする傾向が見られました。
「子どもは私が欲しい時に産む!」というキャッチフレーズが人気を得、平均出産年齢の上昇が起こりました。
平均出産年齢の上昇はイコール1人の女性が産む子どもの数の減少です。
少子化が進むことを危惧したフランス政府は、この「生命時計」を通して、女性の妊娠・出産の適齢期について有名雑誌や新聞などと手を組んで官民一体となって周知を試み、社会の意識改革を図りました。
これにより「欲しい時に産む」から「できるうちに子どもを産む」という流れが作られ、今でも広く国民の意識に影響を与え続けているそうです。

近年、日本でも“ライフプラン教育”が行われ始めています。
ライフプランとは、自分自身を見つめ、自分自身の生き方を問い、将来を通して自分の人生を考えることを意味しています。
そして、妊娠・出産を「いつかするもの」と捉えるのではなく、出産適齢期など生物学的な特徴も学び、それらを見据えて職場選択や進路を考えていく。
ある程度逆算しながら人生の選択を行なっていく。
こういった学びをすることで、いざ妊娠を望んだ時に適齢期が過ぎていた、と想定外の状況に驚くことを回避できる可能性が高くなることが期待できます。

一方で、ライフプラン教育が昭和的な価値観や「早く産め」という意図の押し付けになっているのではないか、という意見もあるようです。
それに関しては、多様性を重んじる社会において、さまざまな家族の在り方やパートナーシップを結ぶカップルの存在を尊重する視点も忘れずに伝える必要があると考えます。
ただ、生物として人間には適齢期があることは揺るがない事実であり、現代の医学ではそれを超えることはできないことは知っておくべきことだと考えます。

妊娠する力のことを、「妊孕性(にんようせい)」といいます。
(あまり聞きなれない言葉かも知れませんが、例えば、子宮に疾患があって手術が必要な場合、その患者さんが将来妊娠することができるように考慮して手術することを「妊孕性温存手術」と言います。)
この妊孕性は、卵巣の老化や卵子の質や数の低下に伴い、年齢とともに低下していきます。
また、個人差もあります。
最近でこそ卵子凍結が知られ始めてきましたが、卵巣機能の低下や卵子の年齢が妊孕性に大きく影響することはまだ知らない人も多いようです。
簡単な検査としては、AMH値という卵巣機能を示す数値は血液検査で知ることができます。
この値が具体的に何を示すのかというと、卵巣の中に卵子の素がどれくらい残っているのかという“在庫数”の目安です。
ただ、この在庫数はあくまで数を示すだけなので、その卵子の質まではわかりません。
一概に数字が高いからといって妊娠しやすいとも限らないのです。

不妊治療に取り組む女性たちの中には40代半ばから後半の女性もいます。
決して妊娠の可能性がないわけではないですが、やはり妊娠確率は厳しい状況となってしまいます。
“治療さえ受ければいつまでも妊娠できるとは限らない”ことを伝えていくことが必要と考えます。
また、妊孕性についての知識普及は、若いうちから自分の妊孕性を意識することに繋がり、生理不順や重い生理痛などの自覚症状があった場合に早期に婦人科を受診する、という受診行動を促すことにもつながると期待できるでしょう。
自分やパートナーの妊孕性を意識して人生を選択していくことができるかどうかは軽んじることができない要素だと思います。

制度や補助金の整備は少子化にとって重要です。
でも、人間が生物である以上、妊娠・出産に適齢期は存在します。
どうしても逆らうことのできない年齢との兼ね合いは基礎知識として頭に入れておくことが大切であると考えます。
そして、高齢出産になると起こるリスクや妊娠確率なども含めて周知していくことにより、これから施行されていく制度がより効果的に機能していくようになるのでは、と考えます。

(参考:ニッセイ研究所HP:フランスにおける少子化脱却への道程の段階的考察ー出生率2.0を早期達成したフランスの少子化対策を日本に活かすことはできるのかー)


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