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産後ケアはライフラインばりに整備すべき事業


助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。

今日は産後のサポートが子育てママにとっては電気・ガス・水道に等しいくらい大切である、ということについて考えていこうと思います。

2023年5月17日の日経朝刊で、“市町村の14%が施設不足などを理由に産後ケアの利用を断った”という内容の記事がありました。
これは、厚生労働省の委託した野村総合研究所の調査によるものであり、地域住民からの授乳指導や育児相談の利用要請に対して、利用を断った経験があると答えた割合を示しています。
その理由としては、「受け入れ施設が満床」「支援者がいる」「休息や預かりだけを目的としていたため」という項目が挙げられた、とのことです。
この調査によると、市町村の約9割が産後ケア事業を実施している、という結果が出たとのことですが、実際には、利用対象に「支援が必要な人」という縛りがあり、心身の不調を利用条件に挙げている施設は全体の5割を超える、という結果も指摘されました。

そもそも、産後ケアとは何を目的としているのでしょうか。
厚生労働省のHPによると
「産後ケア事業は、分娩施設退院後に病院、診療所、助産所、自治体が設置する場所又は対象の居宅等において、助産師等の看護職が中心となり、母子に対して母親の身体的回復と心理的な安定を促進するとともに、母親がセルフケア能力を育み、母子の愛着形成を促し、母子とその家族が、健やかな育児ができるように支援することを目的とする。
具体的には、母親の産後の身体的な回復のための支援、授乳指導及び乳房のケア、育児指導、母親の心理的サポートなどを行う。」
と掲げられており、産後ケア事業として2019年に法制化されたものです。
産後の母子に対する切れ目のない支援の充実を図ることに着目し、取り組みが進められています。

さて、周産期の死亡率に関して、産後うつは深刻な問題です。
産後うつによる自殺は、産後の死亡理由のトップであり、産後3.4ヶ月に最も多く見られています。
リスク因子としては、35歳以上の高齢出産、初産婦、精神疾患の既往、サポート不足などが挙げられますが、2019年の厚生労働省の調査では、産後の女性の10人に1人は産後うつになる可能性がある、という結果が発表されています。
産後は、ホルモンバランスの変化により精神的に不安定になりやすい特徴があります。
また、ただでさえ、寝れない、食べれない、外出できない、という自分の生活を満足に整えることができない状況に置かれるため、普段特にメンタルに不具合のない女性であってもそのリスクは高まると言われています。
病名がつくほどではないけれど精神的にキツくて息が詰まりそう、ちょっとだけ休みたい、というような“休息や預かりだけを目的”とした利用希望だって、立派な理由ではないだろうか?と感じてしまいます。(介護にもレスパイト入院ってありますよね。)

先日、助産師の友人たちと3人でランチをする機会がありました。
2人とも1児の母であり、現在は産後1−2年程度。
助産師歴5年目以降での出産であり、現在も現役で総合病院にて就労中。
そんな2人の友人から、もうすぐ1人目の出産を控えた私に向けてのアドバイスはこうでした。
「助産師だからって余裕、なんて思ってたらびっくりするよ。結局、自分のこととなると不安にもなるし、これでいいのかなってあれこれ調べちゃうし。育児の不安と旦那へのイライラで不安定だったな。そして、とにかく、目の前の命への責任が半端ないしね。
患者さんの授乳指導では冷静に判断できるようなことでも、急に理詰めで考えられなくなることもあるよ。本当、助産師だからって思わずに、あんまり頑張りすぎないで周りに頼りなよ。頼れるものには遠慮せずに頼っちゃいな。」
性格も行動もあっさり且つテキパキしていて、よほどのことで動じない、と思っていた友人たちのアドバイスは、かなりインパクトがありました。
加えて、「私たち、2人とも1回はベビーベッドから赤ちゃん落としちゃってるしねー。自分だけかと思ってたけど、ちょっと恥ずかしいなーと思いながら思い切って話したら、周りの助産師ママ友7人中、7人がベビーベッドから落下させちゃってたんだよー。助産師っていってもそんなもんだよー。」という失敗談も教えてくれました。
ここで強調したいのは、専門的な教育を受けてプロとして働いていても、産後の不安定な精神状態や自分の子どもを育てていくプレッシャーに対しては無敵ではないということです。
そして、いろんなリスクを知っていて行動できるはずでも失敗もする、ということ。
ならば、そういった職業ではない女性たちが子育てをする際の不安感や心細さ、誰かに頼りたい気持ちは計り知れないのでは、と思うのです。

言わずもがな、地域での産後ケア事業が実施されているのは素晴らしいことですが、正直足りていない、という状況が現実であることが冒頭の記事から分かります。
精神疾患の有無やサポート者の有無でサービスから漏れてしまった女性たちは、決して大丈夫ではないはずです。
サービス利用を断られた彼女たちは、どこに助けて貰えばいいのでしょうか?
高額な金額を払えば支援を受けれる地域もあります。
けれど、そもそもケア施設や人出が足りていない地域の場合、路頭に迷うことになってしまうでしょう。
精神的な理由やサポート者不在など、特別に支援の必要な人への支援も大切です。
それと同時に、特に特徴が挙げられないようなバックグラウンドの女性たちに向けた支援も大切です。
“一見大丈夫そう”な産後の母親たちに届けられる産後ケアの充実こそが、“少子化対策に有効”で“切れ目のない支援”につながるのではないか、と考えます。

産後ケアはもっと充実していくべきライフラインです。
文字通り、それが「命綱」になるケースもあるかもしれません。
安心して子育てできる社会のためには、蛇口をひねると出てくる水並に手に入れやすいサポート体制が必要だと考えます。

参考:日本経済新聞:「産後ケア断った、市町村の14% 施設不足などで」2023年5月17日朝刊
引用:厚生労働省HP:「令和2年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業 厚生労働省子ども家庭局総務課少子化総合対策室 より良い産後ケア事業を目指して:地域における分娩施設と産後ケア施設の連携体制に関する調査研究報告書」2023年5月20日



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